写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

おなじみのジュンク堂池袋店3Fでの写真展は、8/1~/21の3週間『きょうのむかしとむかしのきょう』(本ブログで載せたものを中心に編集し直しています)に決まりました。その準備のためしばらくの間、更新が滞りがちになりますので、申し訳ありませんがご了承ください。


丸の内北口、アドルフ・ヴェルフリ展(6/18まで)ギャラリーより。

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3年ぶりのジュンク堂池袋本店(3F文芸書売場壁面)での写真展『東京三十六景』開催中です。残すところあと9日、4/30(土)正午までです!
変貌する都市、より巨大化する都市東京は、他方で20数年来の不況と少子高齢化の波にひたひたと洗われてもがいているかのようです。田園を住宅へと造り替え、さらにその住宅を上へ上へと伸ばしてゆく・・・その未来を描けずに。
4年間の春夏秋冬を繰り返すなかでの『東京36景』をお楽しみください。

※初日4/1は午後から最終日4/30は正午までです、それ以外は休みなし、10:00~23:00(日祝~22:00)。
※書店の売り場壁面ですので申し訳ありませんがわたしは常駐していませんが、事前に連絡していただければ3Fにおりますのでご一報ください。
※いつも当ブログへのご訪問ありがとうございます。週に1回ぐらいのペースで更新したいと常々考えていますが、現在写真展『東京三十六景』の準備に忙しく、しばらくのあいだ更新が遅れますがお許しください。

ジュンク堂案内状M

地図です(池袋は西口が東武で、東口が西武です)~東口出て南へ目白・新宿方面に歩いて「南池袋一丁目」交差点の真ん前に見えます。
〒171-0022 東京都豊島区 南池袋2−15−5 電話:03-5956-6111

ジュンク堂池袋地図



2016年 明けましておめでとうございます!  

明けましておめでとうございます!いつも本blogを見ていただき、誠にありがとうございます。なるべく毎週の更新を目指しているのですが実際にはなかなか難しく・・・とくに「充電」と称して読書に夢中になっているときは「書を捨てよ町へ出よう!」とは反対に、引きこもり老人と化してしまいますが。(自身の健康のためにも)町へ野へ繰り出して写真を撮り続けますので、本年もよろしくお願いいたします。
なお、4月には久々の写真展『東京36景』を、池袋ジュンク堂3F文芸書売り場の壁面をお借りして行いますので、再度ご案内いたしますがこちらもご期待ください!


寺家頌春 小

生誕100年記念 濱谷浩展 開催中です!お見逃しなく!  

生誕100年記念「濱谷浩展」7/18~9/6、平塚市美術館です!お見逃しなく!

濱谷浩
戦中(1940年)から戦後(1958年)にかけて撮影した『雪国』『裏日本』を中心として、地球の相貌を記録したカラー写真、画家・作家らの肖像写真など130点が展示されている、生誕100年にふさわしい写真展だ。惜しむらくは、「怒りと悲しみの記録」として発表された60年安保闘争の写真が「激突の誘い水となった放水」ただ1点であることか?同時に(8/30まで)新潟県立近代美術館でも「生誕100年 写真家・濱谷浩」を開催しています。


この写真(とちょっと違うようにも思いますが、青森八甲田の谷地温泉:濱谷浩)を期待していったのですがありません。わたしがこの温泉に十和田湖のほうから登って泊まったときに、入り口に飾ってありました。温泉にはここの従業員5~6人が混浴、話を聞いていると三沢駅前の大きな温泉旅館Kが買収するという話(そうだバブルのとき)「どうしようか?」という職場集会中でした~混浴で。どうなったのでしょう?

森武志写真展 ‛The city is a Theater’ 6/29まで!  

先日、恵比寿で森武志「The city is a Theater」を見た。前回の写真展を再編集した「メキシコ」が、奥の半地下室でメキシカン・カラーの街並みを輝かしている。その手前に、ヨーロッパのモノクロームのスナップショットが渋く・自然に人々に溶け込んでいる。魔法のような森流が楽しめる。さらに撮り続け、厚みと深みを増していくに違いない注目作だ!「アメリカ橋ギャラリー」で29日1700まで。


迎春  

明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願いいたします。

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<番外その2>南三陸町を訪れて  

7/31(水)仙台から県道8号を、今回は逆向きに車で走った(前回2009年は下記を参照してください)。
<緊急番外 東北関東大地震・津波・原発被災者に支援を!!> 
8号から自動車専用道に乗ると石巻のどこを走っているのか皆目わからなくなったが、降りると少し記憶が蘇る。市街の外れに仮設住宅があり、雨の中女性が一軒々々呼びかけている、なんだろう?話してみると、市が催す健康相談会の案内をしているFさん、住宅からはほとんど反応がない。若い人は仕事に出かけて、お年寄りが留守番しているからなのだろうか。女川町は倒壊したビルがひとつ残るだけで、周りは住宅の土台が残るのみ、トンネルを二つくぐれば泊まったことのある雄勝町の民宿Yさんのところだが、ここもなにもなく道路だけが記憶を蘇らせる。北上川河口の大川小学校の建物は残っていた。神割崎は見た目変わらないが、地盤沈下していた。戸倉に入ると、仮設のコンビニがあった、JRは石巻からここまで復旧させここから気仙沼まではBRTにするそうだ。
志津川に入ると、45号線沿いには古竹会館、NTT、とガソリンスタンド(いずれも跡)以外は、ガレキ処理の作業現場になっていた。2009年にお世話になった中華料理屋跡は川沿いなのですぐ分かったが、ここも周囲と同じく土台を残すばかりだ(いわゆる「生活ガレキ」は大方片付いたが、建物の壁、土台などのガレキは大変な量が残っている)。翌日、「さんさん商店街」(30軒で復興の一環で立ち上げた商店街)で教えて頂いたのだが、中華料理屋のご一家は全員亡くなられたということでした、合掌するのみでした。

1志津川駅跡
志津川駅構内跡。JRバスを使う人の自転車が数台置いてあった。

2さんさん商店街
小山からの高校生たち。仮設の建物で営業を始めた「さんさん商店街」は、午前中はあまり人はいなかったが午後は地元の人、「被災地ツアー」の団体で混み合っていた。ぼくもその一人なのだが、現実を自分の目で見ることは必要なことだと思う、ただ被災者とツアー客とのギャップは大きい、しかしその現実からしか始まらない。「さんさん商店街」と「歌津伊里前福幸商店街」でこれからの町の核ができている(役場、警察、消防署、ボランティア本部などは高台の沼田地区に移った)。

3出漁サンマ漁船
8/7に出航し北方領土の近くの漁場に向かう準備中のサンマ漁船。解禁は8/10から。「イカ釣りですか?」と聞いたら、となりが(右隣)イカで、集魚灯の付き方が違うことなど丁寧に教えてくれた、豊漁を祈る!

4志津川記念碑 小
志津川小学校下(元同小学校があった場所)に残る記念碑には、「この地は明治21年に旭製糸(株)が創設され、当時の先端産業である生糸生産したところである。その銘柄 金華山は世界各国で催された万博で常にグランプリを獲得し」生糸産業が下火になった昭和12年に、焼失した志津川小に土地建物が提供され昭和15年~56年まで小学校であった旨が記されている。碑は津波に翻弄され傷だらけだった。

※なお、南三陸に育った地元の写真家・佐藤信一さんが3.11から現在までを克明に撮影し、『南三陸から』vol.1、2、3(日本文芸社、ADK南三陸町復興支援プロジェクト) の3冊が出版され、同時に写真展が全国を巡回中です。

写真展<はなおか あいおい>6/15~7/14 ご案内  

6/15(土)午後~7/14(日)正午までの一か月、ジュンク堂池袋本店3F文芸書売り場壁面をお借りして、写真展<はなおか あいおい>を開催いたします。
1945年(昭和20年)敗戦を前後して起きた「花岡事件」(6/30または7/1)と「相生事件」(9/13)の地を60数年後に訪れた記録。A3ノビ、全37点です(全20章にまとめた『林檎園戦争』のうちの2章となります)。

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newジュンク堂地図

現在、写真展の準備中(ほとんど「手内職」)のため、しばらく更新はできません。
※本日5/29、関東も梅雨入りしました。

番外編の宣伝・広告<神宮前 THE END OF SPACE オープン!>  

神宮前に“THE END OF SPACE”オープン
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“THE END OF SPACE”が、神宮前に3/14(水)オープンします!小さく目立たないスペースですが、落ち着いた環境です、使い方はあなた次第です。連絡は amaaki@amaaki.co.jp 渋谷区神宮前3-7-11 天晶事務所まで。
銀座線「外苑前」渋谷寄り改札出て右出口へ、ベルコモン向かいに信号渡って右=千駄ヶ谷方面へ。最初の信号「原宿団地北」手前、そば屋「増田屋」角左、すぐ右曲がるとすぐ右手です。

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2009年秋に私たち6人は、宮古から釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、南三陸町から石巻を通って仙台までのサイクリングを楽しんだ。三陸は二度目だったが、事前に、このコースの歴史を知っておくために吉村昭『三陸海岸大津波』(文春文庫)を読むことにした。海岸線には巨大な防潮堤が築かれ展望は思ったほど良くないが、それは過去数度の大津波を受けた歴史を顧みれば当然の設備と思われた。綾里の民宿に泊まったときには、海抜30メートル以上ありそうなところなのだが、すぐ下の畑まで過去の大津波は達したという話を聞いて驚いたものだ。
まさに、私たちが走ったコースを中心に、今回の地震と大津波が襲ったのだ。そして、追い打ちをかけるように原発が崩壊しつつある。
私たちができることは限られているが、多くの被災者に、今できることと、今後の息の長い支援を訴えます!援助の方法・内容は一人一人が自分で考えてみよう、できることは必ずあるのだから!お金のある人はお金を、力のある人は力を、知恵のある人は知恵を、気持ちのある人は気持ちを!(3/14)


200909三陸 (18)
山田港。2009年9月。

200909三陸 (26)
釜石・黒崎峠近く。2009年9月。

200909三陸 (52)
南三陸町・神割崎。2009年9月。

200909三陸 (66)
石巻。2009年9月。



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