写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

callaまた咲く たまプラーザ<田園の憂鬱④-12>  

塀と道路の間の狭い隙間に毎年花を咲かせるcalla、昨年きれいさっぱり刈られてしまったがしぶとく今年も咲いた。

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分水界 鳥山川水源<田園の憂鬱④-11>  

東京の水源は多摩川、荒川、利根川。横浜は圧倒的に相模川に依存している(一部酒匂川)。わが鶴見川は上水としては何ら貢献していないが、相模川からの上水を供給されて下水処理して鶴見川に流しているところがある。そのため鶴見川は自然的な供給量よりも水量が多くなっているんだそうな。今回は下流、新横浜に流れ込む「鳥山川」の分水界と水源近くまでせまった。とにかく横浜は崖々々。

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芽吹どき 綾部<田園の憂鬱④-10>  

満開の桜の下で野良作業をしている人が言うには「これは山桜だね、とてもきれいだ」「しかし竹が繁茂して困ったもんだ、筍がうまいといっても年一回こっきりのもんだからなぁ…」、森林が荒れてくると竹林が旺盛になってくる切っても切っても伸びてくる雨後の竹の子というやつなんだ。「この下からあの山へ入れるよ」と教わる…自転車をかついで尾根にでると場所がわかった、小野路城址の南側だった。

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桜花 都筑<田園の憂鬱④-9>  

駒込駅北側の染井で突然変異したソメイヨシノがいまや桜を代表するが、よく見ると様々な種類があり、もう葉桜となりつつあるものからまだ咲きはじめのものまで、色の濃い花から薄い花まであるがいまはソメイヨシノ満開・・・詳しくは高尾の「森林科学園」へ行くといろいろな桜が半年間にわたって咲いていると教えてくれる。

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揺籃地 新吉田<田園の憂鬱④-8>  

前回の「花散歩」と同時に撮ったものだが、花が咲きほこるのは田園風景の残照のようなわずかな地域、神隠しにあったように毎年すがたを変える変貌の地。

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花散歩 新吉田<田園の憂鬱④-7>  

一駅ぐらい南にいくとミモザが咲いているはずだと思って、第三京浜都筑インターの周辺をうろついた。丘陵の上はまだかろうじて畑になっているが、谷戸は鉄工所や自動車の関連工場といった小規模の工場がうわっとあって、そこも住宅にとって代わられつつある。ミモザを探しながら、花々といってもしごくポピュラーな花だが写した・・・丘陵とその裾野は意外と複雑になっていて結局ミモザの木は見つからず、ここの古い地名の「神隠し」にあった感じ。

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鎌倉古道2 御殿峠<田園の憂鬱④-6>  

町田街道と横浜線が相原で交差する踏切手前(町田寄り)の「青木家住宅」(豪農、自由民権運動の中心ともなった、適塾-緒方洪庵に学んだ医家であり現在も内科・小児科)横から暫くのどかな小道を歩く。谷戸をいくと突然朽木が「通せんぼ」、潜ったり跨いだりしているうちに朽木と篠竹にはばまれて身動きとれず尾根に登ると、今度は「京王電鉄敷地立入り禁止」のフェンス。藪こぎしながらまた谷戸に下りて、古道らしい?ところに出る、藪こぎ、藪こぎ…と、そこは国道16号、御殿峠が無残にも切り刻まれた産業道路だった。古道は明治期には、八王子に集積した絹を横浜へ運び外貨を稼いだ「絹の道」でもあった。

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鎌倉古道 七国峠<田園の憂鬱④-5>  

鎌倉街道というのは元々が鎌倉を中心に放射状につくられた道なので、関東を歩いているとおやっと思うところで出くわすが、いまや歩道もないせまい車道であったりする。町田市の最深部「相原」に鎌倉古道がのこっているというので出向いたら大雪が残っていて入れず、今回あらためて行ってみた。なんとちょうど一ヶ月前の雪がまだまだ残っている。両側からベッドタウン化の波がもうそこまで押し寄せているから、事実八王子側は住宅都市整備公団の所有地になっていたから、箱庭程度にものこされればましだろう。

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大雪3 相原<田園の憂鬱④-4>  

2/8「20年ぶりの大雪」に勇んで腰越と市が尾を撮ってその晩から腰痛を発症、寝たり起きたりの生活。東京あたりでは一週間後にもう一回降るんだけれどと思っていたら、2/14「45年ぶりの大雪」、しかし如何ともしがたい。ベッドの上で開高健を熟読、来週は記念館に行ってみよう。きょうは痛みを押して、町田の奥座敷・相原に鎌倉古街道がのこっているというので出かけた。陽射しも強くなって気温も上がってきているが、相原に入るととたんに雪が厚くのこっている。目指す「古街道」の入口は分かったのだがボーゼン!生活道路ではないので雪は分厚くのこったまま、腰にひびくので雪解けを待つことにしよう・・・。

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大雪2 市が尾<田園の憂鬱④-3>  

いつの間にかNHKでは「20年ぶりの大雪」と言っている。市が尾にくると雪はより深くなっている、子どもたちはソリ、雪合戦、雪だるまづくりと元気だ、犬も元気、しかし鳥はみんな動きが鈍く普段では近づけない距離に寄っても逃げない、逃げ出しても飛び方がぎこちない。鳥というのは恐竜の子孫だというが、実にか弱いものである。あたりはモノクロームの世界に変化している・・・明日目覚めればまた異なる世界を見せてくれるだろう。

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