写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

充電式日録7/25  

一昨日から東京都写真美術館で「江成常夫写真展~昭和史のかたち」が開催されているので、初日に見に行った。アジア太平洋戦争を骨太に取材してきた写真家の、いわば「集大成」に位置づけられる写真展であろう。写真は、真珠湾から始まる。
美術館1Fのミュージアム・ショップでは、しばし写真集の立ち読みに耽る。細江英公の「自伝3部作」(窓社)は面白そうだ、北井一夫の中国シリーズ?も揃えて見ればすごいだろう。帰りは、土曜日の渋谷の人混みで酔ってしまった。


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旧陸軍中津飛行場通用門柱。同飛行場は1940年に造られ、当初は少年飛行兵育成の訓練所で、通称「赤トンボ」の練習機がまだ「のんびり」と飛んでいた。しかし、戦争も末期となると特攻隊の訓練基地となり、ここからも出撃基地へと飛び立っていった。

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中津。

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旧陸軍中津飛行場正門柱、これは土地の売買の過程で少し動かされたというが、左手の柱のくぼみを見るとひっくり返されているようだが。

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中津、飼肥料会社。

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この辺に「毛利」という地名があるので地元の友人に聞くと、「毛利氏」発祥の地なんだそうです。

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飛行場の「司令塔」跡、地元の人は「通信塔」と呼んでいる。現在も会社の倉庫で現役。この向こうが広大な飛行場だったが、現在は工業団地になっている。

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同「司令塔」アップ。
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充電式日録7/18  

鶴見は「横浜北部週報」で鶴見川の河口に当たるので何度か撮影したが、下町的で親しみの持てる町だ。
駅前の「一国」の角に鶴見警察署があるが、ここも「横浜事件」の過酷な取調べが行われたところなので調べていると、1923年(大正12年)の関東大震災時に「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴徒と化して襲ってくる」といった流言飛語に惑わされた人々から逃れようとした鶴見在住の朝鮮人等300余名を警察署に保護した。その朝鮮人を出せと群衆が警察署を取り囲んだ中で、大川常吉署長が自らの命を張って暴徒と化した群衆を解散させた(この話は何かで読んだことがあるが)。この大川署長の人間的な行為にたいし、半年後には地元の在日の人々から感謝状が寄せられ、1953年には現朝鮮総連の前身にあたる組織により東漸寺に石碑が建てられた。
1963年(昭和38年)に同寺に建てられた「大川家之墓」に元署長も眠っていると寺の人に教えていただいた。しかし、大震災から戦争にいたる時代には、このような人道的行為はとりわけ警察署長としては逆に難しい立場に置かれたのではないだろうか…その辺も調べていきたい。


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警察署手前の公園。

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「在日朝鮮統一民主戦線鶴見委員会」により「其の徳を永久に讃揚する」と記された石碑。

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東漸寺すぐ近くの潮田神社境内に残る「支那事変戦捷記念国威宣揚」塔(国旗掲揚塔と思う)、左も同じような物と思われるが字が薄れて読めない。

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潮田神社。

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鶴見線の前身「鶴見臨港鉄道」の始発駅「本山停留場」遺構(1942年廃止)。

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「本山停留場」の出入口と思われるが再度確認してみる。総持寺の真ん前で、左手の踏切が「開かずの踏切」で今年4月から6時から21時まで締切になった。

充電式日録7/11  

一昨日(9日)梅雨が明けた。と言っても6月下旬いらい雨らしい雨は降っていないのだから、とんでもなく「暑くて長い夏」になりそうだ。きょうは被災地も含めて35℃ぐらいまで上昇し、これが連日続くのだからたまらない。
写真撮影もほどほどにしておかないと、冗談でなく熱中症になってしまう。きょうも、上大岡(笹下)と杉田に行き、杉田では探していたものが見つからないので根岸線で本郷台に行こうと思ったが、どうも危険な感じがしたので打ち切った、正解だろう。


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中山。

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鴨志田。

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中山。

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笹下。改築以前の刑務所の壁が一部残っている。

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笹下(ここで「横浜事件」の取り調べが集中的に行われた)。

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拘置支所サイドにモニュメントがあるが、刑務所庶務に以前問い合わせたら「とくに由来はない」というのだが?ちなみに拘置支所は塀がないが、窓という窓は格子というよりはレンガがはめ込んであるようなデザインで、とうてい逃げられない。

充電式日録7/4  

黒沢明の「野良犬」のロケ地になった「国道駅」を撮影したときに、さらにその奥にいってみようと思い、鶴見線「海芝浦駅」まで行ってみた。鶴見線は総距離10キロ足らず、駅数13という小さな路線だが、「京浜工業地帯」の神奈川側の動脈でもあるので駅名もあなどれない。「浅野駅」は鶴見線の前身「鶴見臨港鉄道」の創業者・京浜工業地帯を造った浅野総一郎にちなみ、「安善駅」は安田財閥の創業者・安田善次郎にちなみ、「昭和駅」は昭和電工工場の最寄駅だから、「扇駅」は浅野家の家紋・扇にちなみ、「大川駅」は日本最初の製紙技師の大川平三郎にちなみ、「海芝浦駅」は東芝の前身「芝浦製作所」の駅(前というよりは中の)が海と接しているので…どうだまいったか!という感じの路線だった(JR東日本横浜支社より)。

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鶴見線鶴見駅舎は、小さいがヨーロッパ風のしゃれたもの。

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鶴見駅には30人?ぐらい坐れそうな長大なベンチが二つある、渋く光っている。

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支線の終点「海芝浦」は文字通り「海の中」だった。駅の改札口に当たる所から東芝の敷地なので、東芝社員か関係者以外は外に出られない。駅員と思ったら、東芝(関連)の社員だった。外に出られないから、どこにも行けない、2時間後の折り返しの電車を待つしかない。

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東芝京浜事業所。短い駅のホームからは、この工場と海を見る以外に、東芝が「海芝公園」を造ってくれているのでそこを歩く(ここも短い)しかやることはない。

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「鶴見つばさ橋」と右手に「横浜ベイブリッジ」。

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対岸は扇島火力とJFEか(?)。

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