写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

南紀サイクリング日録 上<或日或処③-1>  

南紀は、伊豆や房総にも同じ地名があるように、かつて海の男たちにとっては近しい関係にあったところだが、今では東京方面からは(近くて)遠いところとなった。先週の日曜(4/21)に新幹線で名古屋、近鉄特急で伊勢に行き自転車で走り出した。むかし、和歌山~中辺路~新宮までと、伊勢~南伊勢~志摩・鳥羽を走っているので初めてという感じはしないのだけれど、やっぱり初めてなのだ。
海岸沿いを走る42号線がくせもの、奈良のSくんからむかし「42号線は地元では『しにごーせん』(死にGO!)言われてんのや~」と警告されてからビビっている。たしかに御坊で経験済みだ。で、今回はいかに42号線を避けて走るかのサイクリング教書(上:伊勢~南伊勢~尾鷲編、下:尾鷲~古座~周参見~白浜編)となります。
専門的になりますが、国道260と国道311はgood…車少なく舗装良し、長いトンネルは旧道を越えたがそんな必要もないぐらい車は少ない、それ以外の42号線は42号の旧道と県道で極力迂回すること。時間さえ許せば、迂回すればするほど景色は良くなります(迂回路は海側に多いが山側にもあります)、登りはきつくなりますがそれを楽しみに行くようなもんですから「より安全に!」が基本!

※時間の流れに沿って上と下を並べ替えました、下も続いて見てください。

①-1薬局「万金丹」
伊勢の万金丹本舗。

①-3民家
いまは、しもた屋のようだ。

②-1南伊勢
南伊勢は瓦が美しい町。町の真ん中に大きな瓦屋がある。おばあさんと話こんでいると、「昭和19年の地震で大きな津波がきた」という、この戦争中の大地震の被害はほとんど報じられることがなかった、2年後の21年にも串本沖で巨大地震が起きている、次は東海地震と合体した東南海地震が予測されている地域だ。

②-3南伊勢
南伊勢。

②-4南伊勢
南伊勢。

②-5南伊勢
南伊勢。

②-7南伊勢
田植えは済んでいるところが多い。17℃でこちらの人は寒いという、平均気温は22℃だから「南国」だ。

③-1六ヶ所湾イカダ
六ヶ所湾。

③-2六ヶ所湾カキ
イカダの下にはカキ。

③-3六ヶ所湾
六ヶ所湾。

③-4養蜂
養蜂中。

③-5農家
農家。

③-6漁村
漁村。

③‐8砕石場
砕石場。南紀は「一皮むけば」岩だらけ、地殻変動が激しいということなのだろう。

③-9自動車道建設中
自動車道建設中。これで42号線がすくのか、逆に車が多くなるのか?

③-10透明な海
海は透明で海藻が見える。

③-11漁村の路地
この漁村の路地は迷路だ。

③-12笑門
しめ飾り(「笑門」と書いているのも多い)。

③-13漁師町
漁師の団地という感じの路地が続いている。以前BSのNHKで放送されたとかで、カメラを向けると思い出すようだ。しかし、実際に住んでいるのは「漁師は少なくなってきた」ということだった。

③-14上がる橋
漁船が通るために橋(赤い部分)が上がっている。

③-15長島造船
長島造船、小さい漁船を高圧洗浄中だった。

③-16水無川
水無川。

③-17尾鷲港
尾鷲港。火力発電所の煙突がやけに目立つが、もう操業していない。地域の産業が沈滞して、人口も2万人を割ったそうだ。

④-1尾鷲港
イワシをヴァットにあけて大小を選り分けているが、みんなちっこい。たまにカマス(これもちっこい)があって別の桶に入れる。「とにかく漁獲が減って」という話。

④-2尾鷲港2
カツオ、ブリ、サバが多いのだそうだが、燃料費の高騰も追い打ちをかける。

④-3尾鷲小
紀伊は「木の国」。ヒノキ、スギはというと外材に太刀打ちできず苦戦が続くが、公的な建造物を木で造ろうと高層建築も可能な技術と法律改正に動いている。この小学校も地元の木造建築でなかなか見事なのだが、造って1年足らずで雨漏りなどが相次ぎ、市と業者が争っているんだそうで、まだまだ問題山積。
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南紀サイクリング日録 下<或日或処③-2>  

尾鷲から新宮までは晴れ。4/24は天気予報どおり朝から雨、午後強くなるが、この日は新宮から周参見までの短いコース設定にしていたので無理なく走れた。紀伊浦神を過ぎてから山側の県道に入り、車が来なければ雨もまた良し、カエルが元気に合唱している。
翌日は雨は上がり快晴。大辺路(海側=串本側)のバイパスとして利用された古道、古座街道を走ることにした。リアス式海岸は十分走ったので、山側の古道もいいだろうと…その通り良い道だった。途中、廃校になった小学校が立派な校舎を残していたが、往時はどんな村だったのだろうか?林業と農業と柚子を作った古い歴史ある村だったのだろうが、いまは老人しか見ないし、人が住んでいない家も点々とある…ばかり。


④-4漁村
漁村。

④-5ドック
漁船用のドック?

④-6小漁村
甫母(ほぼ)、小さな漁村。

④-7甫母(ほぼ)
この辺は柱状節理が多いのだが、これもそうだろう、甫母すぐ先。ここから国道311は極端に狭くなっていて、大きな車どおしが鉢合わせして身動きとれず、当分うしろから車はこない。

④-9漁村
漁村。

④-10熊野灘遠望
熊野灘 七里御浜。

④-12材木運搬
材木運搬のトラックは時おり通る。42号は浜松が基点で、この辺で250kmの表示「えっそんなに近い?」、渥美半島経由・海上国道で松阪あたりに「上陸」。

⑤-1 42号線
名所じゃないけど大きな一枚岩、雨宿り。

⑤-2湯川佐藤春夫碑
川湯・佐藤春夫歌碑 なかなかに名告さるこそゆかしけれ ゆかし潟ともよはゝ呼はまし

⑤-4太地雨
太地、雨強まる。

⑤-5田植え雨
田植え終わっている、雨。

⑤-7岩QUARK号
古座川町 虫食い岩(隆起)下のQUARK号。

⑤-8古座若衆宿
古座川町 若衆宿。

⑤-10若衆宿そろばん教室
宿で一息ついてから若衆宿をのぞいてみたら、そろばん教室に小学生がぼちぼち集まってきていた。

⑤-11神社
古座川町 神戸神社

⑥-1古座川晴天
古座川町の川(下流)、昔は上流からヒノキ材を水運で運びこの辺で引き上げ、にぎわった。

⑥-2古座の町自転車
古座川町。

⑥-4日露戦争祈念碑
古座川町 日露戦争紀念碑。

⑥-6トンネルを抜けて
串本・潮岬コース(42号線)を避けて、古座街道で周参見に抜けることにした。大辺路(海岸)は高波にさらわれたりしたため古座街道も利用された古道。

⑥-8中流
あまり大きな川ではないので、すぐ中流域。

⑥-9沈下橋
沈下橋がある。

8684640333_e97e9f8dfc_z[1]
崖の上などにニホンミツバチ養蜂用の巣「ゴーラ」が置いてある。スギを空洞にして使用している。年一回、粘りのある「黒木の蜜」がとれる。

⑥-10一枚岩
一枚岩。

⑥-11天柱岩
天柱岩。

⑥-12電燈記念碑
電燈記念碑。1950年(昭和25年)、古座川町平井。

⑥-14田植え準備
佐本川(古座川支流)。

⑥-16佐本川(古座川支流)
佐本川上流。

⑥-17上流
佐本川上流。

⑥-19大己小学校1970年廃校
大己小学校、1970年廃校。

⑥-21水道蛇口跡
同小学校蛇口4つ。

⑥-22大日如来
大日如来。

⑥-24雫ノ滝
雫ノ滝、ずいぶん遠慮がちな名前だがなかなかの滝だ。

⑥-25周参見自動車道工事中
まだトンネルは未完成。

⑥-26周参見田植え中
周参見 田植え中。

⑥-27周参見湾
周参見湾。

⑥-28周参見駅構内
周参見駅構内。

亀甲橋いろいろ散歩<田園の憂鬱③-5>  

そろそろ近所のフジが咲いているだろうと出かけた、正解。そこから亀甲橋のバイパス(港北IC~生麦)建設がどうなったか見に行った、いやすごい、鶴見川に江川と大熊川が合流しているところで意外と広く、この部分はトンネル化できない。そこで、手前で橋梁を造り少しずつ川の上にせり出していく・・・いまはどうやら川を渡ったようだ。と、上空を傘のようなレーダーを背負った空中警戒機が飛んで行った、このところ戦闘機の訓練が頻繁なのでなんかいやな感じ。そろそろ帰るかなとフォルジング・バイクを畳んでいると、お爺さんが話しかけてきた、いろいろ話しているうちに硫黄島から生還した元海軍兵士ということが分かった。撮影していると様々な人と出会うが、これはまた珍しい、今度遊びに行こう!
明日早朝(4/21、大雨になりそう)出発、輪行で伊勢から白浜までサイクリングに行ってきます!

①亀甲橋
このフジの下に「おしゃもじ様」が祭ってある(以前載せたように思うのでカット)。

③亀甲橋
畑のすぐ近くに駅ができて、ビミョー。

④亀甲橋
亀甲橋脇。

⑤亀甲橋
トラス橋、亀甲橋側から。

⑥亀甲橋
トラス下から。

⑦亀甲橋
移動あとの基礎を引っこ抜いている。

⑧亀甲橋
トラス橋、北側から。広角でもずうっと下がらないと入らない。

⑨亀甲橋
空中警戒機。

⑩亀甲橋
ホームレスのホーム。向こうは日産スタジアム。

⑪-1
硫黄島生還元海軍兵士Oさん。右足2か所を撃ち抜かれ、サンフランシスコの監獄に収監されていた、ここはアル・カポネもいたそうだ。

⑪-2
硫黄島、テレカ?

⑪-3
14歳のOさん。

⑪-4
17歳。家族は玉砕したものと思い(そう伝えられたのでもあろう)この写真をカモイに飾っていた。

⑬亀甲橋
日産スタジアム。

⑭亀甲橋
2002年W杯開催記念。

コーヒーを飲みに町田<田園の憂鬱③-4>  

また町田?そうなんです、来週は南紀サイクリングなので少し足慣らしですが、大体コースは決まってしまいます。市が尾から鶴見川脇に出て単純に遡るというコース、以前は同じ鶴見川でも下流に向かって走ることも多かったのですが、サイクリング・コースに自転車が入れない「車止め」をいくつも作られて(モーター・バイクの侵入を阻むため?)嫌気がさして・・・。通常は図師から丘陵を登って、ケルビムの脇から境川に出て、町田の「ロッセ」でおいしいコーヒーを飲んで、鶴見川支流の恩田川を下って帰ります。今回は、久々に源流の泉を訪れてみました、囲いが出来上がって入れなくなっていました、保存上しょうがないのか?残念ですネ。
この辺は東京都のはずれですが、緑が美しいけれども産廃・残土処理などの業者が集中しています。ひと昔前までは「野焼き」をやっていましたが、いまは法規制もあってひそやかに営業しています。


①多田町2

②多田町2

③多田町2

④多田町2

⑤多田町2

⑥多田町2

⑦多田町2

⑧多田町2

⑨多田町2

⑩多田町2

⑪多田町2

⑫多田町2

⑬多田町2

⑭多田町2

⑮多田町2

電気の街 秋葉原<東京TOKYO-22>  

ちょっと意気込んで秋葉原へ行ったら早く着きすぎて、お店もまだ開店前で人も当然少ししかいなかった。お茶を飲んだりして時間をつぶすと、少しずつ人が出てきたけれど・・・。秋葉原というと、白物家電中心の街という感じで(訂正;愛好家にとっての部品探しの地という意味では現在も同じ)、昔は素人なんか相手にされなかった、いつごろからか素人に売らなければやっていけなくなった。
ヨドバシが淀橋浄水場手前の小さな事務所で写真学生相手にカメラを安売りしだしたのがぼくの学生時代だから、70年を過ぎてから秋葉原も徐々に変わっていったんだね。いまは、タブレット端末とかLEDとか、フィギュアとか品物が大変わりして、風俗っぽい店もできているが、街並みは同じだ。小野電業や広瀬無線、ラジオ会館なんかも健在で、都内ではむしろ変わっていない部類に入りそうだ。ただ、車止めが要所に置いてあるのはあのわけの分からない殺人事件が起きたからなんだ、世相は大きく様変わりしたということだね。


①秋葉原

②秋葉原

③秋葉原

④秋葉原

⑤-1秋葉原

⑤-2秋葉原

⑥秋葉原

⑦秋葉原

⑧秋葉原

⑨秋葉原

⑩秋葉原

⑪秋葉原

⑬秋葉原

⑭秋葉原

⑮秋葉原

⑯秋葉原

⑰秋葉原

⑱秋葉原

低気圧去って町田へ<田園の憂鬱③-3>  

4/6~4/7、台風並みの低気圧が日本列島を縦断した。一夜明けて、まだ北海道方面は荒れているようだが、横浜は風もおさまり絶好のサイクリング日和。あまりにも天気が良かったので、マスクをしないで快適に走ったが…夜中にツケが回ってきた、まだヒノキ花粉はおさまらない。

①町田へ
ドッグ・ラン

②町田へ
残土処理

③町田へ
増水あと

④町田へ
ワンド(というか、もと蛇行の跡かな)

⑤町田へ
河岸補修(鶴見川)

⑥町田へ
河岸補修(境川)

⑦町田へ
新道現れる

⑧町田へ
新道建設中

⑨町田へ
同工事痕

⑩町田へ
発泡スチロール(こういう工法は一般的らしい)

⑪町田へ
造成地(上に家が建つ)

桜散り小野路<田園の憂鬱③-2>  

昨年、神宮前、町田、池袋で写真展『田園の憂鬱』をまとめて発表してから、鶴見川流域に足を向ける頻度が減ってしまった。③-1は雪景色、そして今回は春真っ盛りの小野路(町田市)と、こうなると四季四作で完結してしまうのか?市街地のなかのオアシスみたいなところだから、年々切り崩されていく、その市街地の川の流域の記録でもあるのだからまたネジを巻きなおそう。
昨日(4/5)桜が散った小野路の春を歩いてみました。シマヘビは交尾中だったのでしょう、私がいくところよく大きなヘビが出てきます不思議な因縁です。


①小野路

②小野路

③小野路

④小野路

⑤小野路

⑥小野路

⑦小野路

⑧小野路

⑨小野路

⑩小野路

⑪小野路

⑫小野路

⑬小野路

⑭小野路

⑮小野路

⑯小野路

⑰小野路

⑱小野路

⑲小野路

⑳-1小野路

⑳-2小野路

⑳-3小野路

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