写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

将門をたずねて 北新宿<東京TOKYO-25>  

北新宿に鎧神社という神社があって、平将門が亡んだときに鎧を埋めたという伝説が残る。「朝敵」とされた将門がなんで一千年を超えてなお信仰されるのか・人気があるのか(関東とくに北関東で)に興味をいだいて、先日は大手町、そのあと神田明神に行って、今回は北新宿を「探索」した。この辺りは千年も遡らなくとも「お狩場」や原野だったのだが、「蜀江山」と呼ばれる小高い丘になっていて何か神聖なところだったのだろう。中世の人間と現代人とでは宗教的感性がまったく異なるから、それ以上のことは分からないけれど、お詣りだけはしておきました。

①北新宿

②北新宿

③北新宿

④北新宿

⑤北新宿

⑥北新宿

⑧北新宿

⑨北新宿

⑩北新宿

⑪北新宿

⑫北新宿

⑬北新宿

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写真展<はなおか あいおい>6/15~7/14 ご案内  

6/15(土)午後~7/14(日)正午までの一か月、ジュンク堂池袋本店3F文芸書売り場壁面をお借りして、写真展<はなおか あいおい>を開催いたします。
1945年(昭和20年)敗戦を前後して起きた「花岡事件」(6/30または7/1)と「相生事件」(9/13)の地を60数年後に訪れた記録。A3ノビ、全37点です(全20章にまとめた『林檎園戦争』のうちの2章となります)。

案内状640サイズ

newジュンク堂地図

現在、写真展の準備中(ほとんど「手内職」)のため、しばらく更新はできません。
※本日5/29、関東も梅雨入りしました。

梅雨のにおい 池辺<田園の憂鬱③-8>  

また明日は暑くなるようだけれど、少しずつ梅雨が近づいてくるようなしっとりとした雨の一日、横浜の北のはずれの。

①池辺

②池辺

③池辺

④池辺

⑤池辺

⑥池辺

⑦池辺

⑧池辺

⑨池辺

⑩池辺

⑪池辺

⑫池辺

⑬池辺

⑭池辺

⑮池辺

⑯池辺

⑰池辺

⑱池辺

夏日到来<田園の憂鬱③-7>  

昨日札幌で桜が開花し観測史上2番目の遅さというニュースが流れたが、きょう(5/14)関東は早くも夏日となった。しかしまだ湿度は低く、「暑い暑い!」と言いながらも、まだ余裕がある感じ。本物の夏はこんなものじゃないぜ!

①まほろ市

②まほろ市

③まほろ市

④まほろ市

⑤まほろ市

⑥まほろ市

⑦まほろ市

⑧まほろ市

⑨まほろ市

⑩まほろ市

⑪まほろ市

川に囲まれた 小菅<東京TOKYO-24>  

1月に東京大空襲で焼け残った「小松川文書庫」を撮影してから、平井、旧鳩の街、寺島を撮影し、前回は鐘ヶ淵から北千住へと出た。今回は荒川を渡って小菅(一丁目)、結果的にだが東京拘置所の周りをぐるっと回ることになった。昨年、新しい拘置所が完成し、アスタリスク型の6本の棟を持つ巨大な建物となった。拘置所、刑務所というと3億円事件の府中刑務所とか横浜刑務所の高くて手がかりのない塀を想像するが、ここは北側の一部にのみ塀に囲まれた運動場があるだけで(ここも将来は無くすらしい)、みなとみらいとかお台場あたりにあればそんなに目立たない建物になっている。
塀を無くし格子を無くすということは、強化ガラスを使用し、コンピュータでの管理や指紋認証といったハイテクの拘置所にすることによって、かつての破獄というような事態を不可能に(近い)したということだ。内部も見学できるようなので、どうでしょう?
小菅駅に戻る途中で「五反野」にでた、さてなんだったかな?常磐線の高架下を清掃していたボランティアの人と話していると、ここは下山事件の現場だったところで、すぐ横に「追憶碑」という聞きなれない碑があった。東拘の監視塔から事件現場は300mもない?


①-1小菅荒川
東武、荒川を渡る鉄橋上で雨の中の保線?作業中。

①-2小菅
面会入り口前のお稲荷さん、小菅御殿の鎮守。

②小菅
拘置所北側、公務員住宅の駐車場から。

③小菅
荒川河川敷(拘置所正門前)。

④小菅
「疲れた、疲れた」と電話していた女性、面会帰りと勝手に想像。

⑤小菅
この一角は、隅田川と綾瀬川と運河に囲われた地域だが、同時に首都高と線路にも囲まれている。

⑥小菅
綾瀬川の「新水戸橋」、構造が複雑。

⑦小菅
旧八幡社跡。

⑧小菅
「水戸橋」架替工事中(1.39億円)。

⑨小菅
同工事(左岸)。

⑩小菅
常磐線高架下「とまれ」。

⑪小菅
目の前に「追憶碑」があった。高架工事で、現場から少し東へ離れたそうだ。

⑫小菅
常磐線、コンテナ。高架前は踏切だった。

⑬小菅
ほぼ事件現場、常磐線上り列車。

墨田北端 鐘ヶ淵<東京TOKYO-23>  

荒川と隅田川に挟まれた三角地帯の最北部、東武スカイツリーライン「鐘ヶ淵」駅から頂点を目指して歩いてみた(実際は北千住まで)。江戸時代は鷹狩りの場だったというのでさびしいところだったようで、キツネやタヌキがよく出たらしく、多聞寺には狸塚がある。現在は、古い住宅地と中小の工場とが混在している。
※「或日或処」から「東京TOKYO」を独立させています、東京の抜けた或日或処というのも変ではありますが。

①鐘ヶ淵
鐘ヶ淵駅横の踏切。

②鐘ヶ淵
鐘ヶ淵保線基地。

③鐘ヶ淵
モルタル建築。

④-2鐘ヶ淵
印刷機のローラー屋(劣化したゴムを巻き替えて何度も使用する)。

④-3鐘ヶ淵
御影石の立派な門柱が残るゴム工場。かつては染色工場だったといい今でも当時の井戸が工場内に残る。

④-4鐘ヶ淵
住宅新旧。

④-5鐘ヶ淵
多聞寺、入るとすぐに1945年3月の東京大空襲で焼失・湾曲した浅草国際劇場の鉄骨と同年4月の空襲で焼けた木を展示している。

④-6鐘ヶ淵
荒川寄りの一角。

④-7鐘ヶ淵
古い倉庫。

④-8鐘ヶ淵
とてもキビキビとリサイクル中。

④-9鐘ヶ淵
横丁。

⑤鐘ヶ淵
予備校本部。むかしは隅田川からここまで運河が引き込まれ、鐘紡の水運に使われていたようだ。

⑦鐘ヶ淵
鐘紡跡地、先の建物の向こう(隅田川)まで広大な敷地だった。上流(旧綾瀬川?)に渡しがあって「たしか10円でした」とお年寄り。

⑧鐘ヶ淵
首都高と東武が交差、この下が旧綾瀬川で、渡ると北千住で町の雰囲気が何となく変わる。

⑨鐘ヶ淵
荒川と対岸の首都高。

⑬鐘ヶ淵
隅田水門。

川も連休日和<田園の憂鬱③-6>  

昨年、写真展『田園の憂鬱』(神宮前、町田、池袋で開催)を終えて、写真家の友人Yくんから「お前、川の写真家になったらどうだ?」と言われ悪い気はしなかった、一種のリップ・サービスなんだろうが。
今回の写真は、鶴見川(町田から鶴見へ)、境川(町田奥?から藤沢・江の島横へ)、恩田川(鶴見川の支流)の川に沿って撮影しました。東京で鶴見川といっても誰も知らない程度の知名度ですが、境川というと江の島に行ったことのある人は何となくわかるようです。この境川は、鶴見川と並行していますが、かなり高い台地を流れているので、支流というものがほとんどない不思議な川です。むかしは国と国の境界は、川とか山脈だったので、武蔵の国と相模の国の境界線だった川です(小田原の酒匂川も同様)。いずれも、先週行った古座川などと比べると、川本来の姿は失われて、コンクリートでほぼ真っ直ぐに固められた人工的河川になっていますが、それでも多くの人々の憩いの場を提供していますね。


①鶴見川

②鶴見川

③鶴見川

④-1鶴見川

④-2鶴見川

⑤鶴見川

⑥鶴見川

⑦境川

⑧境川

⑨境川

⑩-1恩田川

⑩-2恩田川

⑪恩田川

⑫恩田川

⑬恩田川

⑭恩田川

⑮恩田川

⑯恩田川

⑰恩田川
※梨(ハマナシ)の果実

⑱鶴見川

⑲鶴見川

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