写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

2015最終ライド 南房総<或日或処④-16>  

2015年の本blogは「鎌倉稲村ヶ崎」で終了の予定でしたが、あまりにも天気が良くてBROMPTONツーリング初体験ということで毎年行っている南房総に行ってきました。かれこれ10回以上は走っているので地図いらず、例年は1~3月に走っていたのでスギ花粉に悩まされてマスク着用でしたが12月はさすがに不要でした。気温が16~17℃ぐらいに上がったのではないでしょうか、着ているものを一枚々々脱いでいくことになりました、やはり南国です。


ヒジキ乾燥作業をあとに、年末行事に行く年配の方。北風が続けば一日で乾くのだが・・・と。

年末南房総一周002
館山の大竹造船所。

年末南房総一周003
神社の由来となった真っ二つに裂けた巨岩、海南刀切(なたぎり)神社。向かいにはむかしは同じ神社だったという船越鉈切神社がある。

年末南房総一周004
掃除と古いしめ縄などを燃やして新年の準備中。初詣は地元の漁師さんが主だという。

年末南房総一周005
「富崎幼稚園」の看板がでているが、元は小学校、その小学校も幼稚園も少子化で廃校になっている。左は「日露戦役記念碑」で、裏面に15名の戦死者名と40人ほどの従軍者の名が刻まれている。

年末南房総一周006
布良港。

年末南房総一周007
布良。青木繁「海の幸」の舞台。

年末南房総一周008
花摘み、出荷はこの時季、山の形が独特。

年末南房総一周009
道端にはアロエの花。

年末南房総一周010
日曜日は釣師たちの出番。

年末南房総一周011
君津から南にかけて山が削られ、山砂をとっている。

年末南房総一周012
水仙はもう満開だった。無人売り場で3束買って、どさっとベランダに生けた。
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年の瀬 鎌倉稲村ヶ崎<或日或処④-15>  

昨年2月の大雪時に江ノ電を撮影(或日或処③-10「大雪1腰越江の島」)、カイロもむなしく体が冷え切って大腰痛になったため江ノ電から足が遠のいていた。きょうは、由比ヶ浜、稲村ヶ崎と鵠沼に用があったので、雨模様なるも江ノ電でぐるっと周ってきました。なんど行っても江ノ電は面白い、ひとの軒先をかすめて走っている電車って日本にはあまりないのでは(アジアには線路にお店まで出すところがありますが)。鶴岡八幡側はいざ知らず、こちらはあまりイヴも誕生日も関係なく、天気のせいもあるのでしょうが人出もあまりなくのんびりとした年の瀬でした・・・年が明けたらえらいことでしょうが。

鎌倉江ノ電001
前から気になっていた牛乳屋さん、「ルートスタッフ急募!」という貼り紙がしてあるので中に入って聞いてみました。「配達中心で営業していますよ」とのこと珍しい!鎌倉はスーパーがなく道路も狭いので生き残れているのかな(条例?)。

鎌倉江ノ電001-2
同店の電話番号、契約順だったのか?有線?

鎌倉江ノ電002
御霊神社。

鎌倉江ノ電003
使っていない井戸の前に、ここの方が「お地蔵さんかなにかだったんじゃないの?」と、そんな感じ。

鎌倉江ノ電004
早大、横国、Fテレビのウィンドサーフィン部御用達。

鎌倉江ノ電005
正月用お飾りのしめ縄を運び入れていました、この人鳶職ですが中東の人でした。

鎌倉江ノ電006
坂ノ下。漁船が10何隻かキャリアに乗せてありますが港ではなく浜辺です。鎌倉市では港化を考えているようですが財政が?

鎌倉江ノ電007
江ノ電唯一のトンネルは(たぶん)、極楽寺切通しのところ。

鎌倉江ノ電008
極楽寺駅。

鎌倉江ノ電009
体が冷えて「あ~コーヒー飲みたい」と思ったらカフェ(&干物屋さん)助かりました。前は仕立て屋さんだったという、本当に軒下を江ノ電が走っている。

鎌倉江ノ電010
踏切閉まりましたが、彼の家も左手が入口なので優先。

鎌倉江ノ電010-2
当然!?

鎌倉江ノ電011
稲村ヶ崎のプラットフォームと屋根の改修工事。運行中なので、手作業で大変な工事です。
※追記(12/23)稲村ヶ崎の断崖に穿たれた壕は、わたしは最近まで震洋(べニア製ボートの先に巨大な爆弾を積んで敵艦に特攻=今風にいえば自爆する)の基地と考えていましたが、人間機雷「伏龍」(潜水具を付けた兵士が、竹竿の先に付けた強力爆弾を敵艦底に引っ付け爆破させる=自爆)の基地だったようです。きょうははっきりしませんでしたが、今後調べてはっきりした時点で訂正いたします。「伏龍」の訓練をした元兵士の証言では、本土決戦となれば上陸前後の艦砲射撃でひとたまりもなかったであろうと述懐していました。
※このあと鵠沼に向かったら、目指すところは小田急の本鵠沼だということが分かり出直し。

黄金橋旭橋長者橋 日ノ出町黄金町<或日或処④-14>  

横浜の大岡川という「みなとみらい」へ流れ入る小さな川の下流部には、縁起の良い地名が並んでいる。その地名・町名の由来は様々あるのだろうが、この地域は横浜の下町で1945年5月の横浜空襲で丸焼けになったところだ。じっさい最近まで京急黄金町の駅前には、この空襲で亡くなられた多くの人々が荼毘にふされたという場所が空き地のまま残っていた。戦後は、大岡川を遡ってくる小舟に麻薬・覚醒剤を積んでさばいていた…黒沢明「天国と地獄」に出てくる阿片窟はこの地域がモデルであったといわれている(セット)。また、京急の高架下は呑屋を装った「ちょんの間」であり、京急が「耐震工事」として追い出したミレニアム後は、逆に周辺地域にこうした店が増加したという。10年前から横浜市が初黄・日ノ出町環境浄化を目指して「アートによる街おこし」を開始したが、順調に進んでいるわけではないようだ。今回は伊勢佐木町で待ち合わせた友人と会う前に歩いた大岡川周辺で、直接「ちょんの間」と関係するところではありません。

黄金橋旭橋長者橋001

黄金橋旭橋長者橋002

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黄金橋旭橋長者橋012

日支事変戦馬慰霊碑 大棚<アジア太平洋戦争⑤-8>  

この慰霊碑の写真は、本blog<田園の憂鬱①-21>2011年5月に掲載されているものと同じものです。「日支事変」=1937年7月7日に始まった(全面的となった)日中戦争で、この辺の村から徴発された愛馬(当時は「6頭」と記しましたが)たちの慰霊碑です。由来が裏側に記されていますが崖がぎりぎりに接していて老眼では読みづらく、気になっていたので、今回カメラであてずっぽうに撮影しまとめてみました。
・・・「昭和12年8月20日徴発馬名馬主(「主」?)」以下、「南山田町 名仙二号 小泉菊五郎」「(同) 第二高間号 小泉政吉」と、上段6頭と下段6頭の12頭の出身町村・名前・馬主名が記されていました。農耕・運搬用に大事に育てた愛馬との別れはつらかったでしょうが、「お国のため」と遠い中国にやったのでしょうか。左下にケイ線別枠で、「軍用候補馬鍛錬中殉死 昭和15年3月4日 長岐号 吉野源太郎」と記されています。これは鍛錬中の事故で源太郎さんが亡くなられたと理解したのですが、古い農家の人にたずねてみましょう。
※やはり迷います…これは馬の慰霊碑で、別枠内の記述も長岐号が死んだと理解するのが自然なように思います。他の馬も苛酷な中国戦線で死んだのでしょうがあくまでも遠い大陸でのこと、いっぽう長岐号は鍛錬中ということなので近場(ないしは本土)の現実味のある死だったという理解です。

戦馬慰霊碑大棚

神奈川の冬はやさしい 都筑茅ヶ崎<田園の憂鬱⑥-3>  

「神奈川の冬はやさしい」とは、大仏次郎が1959年12月22日に神奈川新聞に掲載した随筆の断片だ(現在同新聞に再掲中)。神奈川のあたたかさ、やさしさは、パリの冬の厳しさと比較しての話になっている。「石炭がなければ生きていられない」パリの冬、だが話の後半は「ドイツ軍が去ったパリで、ドイツ人に身をまかせた女たちを(中略)坊主にし(中略)まる裸にさせて、群衆が」追い立てて笑いものにしたことを述べている。現役の女子大生に問うても「他人が戦争で苦しんでいるときに、自分だけぜいたくな暮らしをしていたのだから」仕方ないという答を聞いて、大仏は「日本人ならばなまぬるく許すところを…」と、その相違におどろいたということだ。生ぬるい代表として神奈川がでてくるのは現県民としては不本意だが、21世紀日本も変わっていないなぁ。ただし、大仏次郎そのひとも戦争中の責任を問われる立場であったことを、ここでは述べていない。
20130206173609e98[1]
R.キャパ 1944年

都筑冬001

都筑冬002

都筑冬003

都筑冬004

都筑冬005

都筑冬006

都筑冬007

都筑冬008

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都筑冬011

都筑冬012

横浜中華街へ 関内中華街<或日或処④-13>  

横浜中華街というと今や観光地化して土日は大混雑、店も何百人という観光客(バスツァー)をさばく席をもっている大型店と「食い放題」店に二分割。むかしのリーズナブルでおいしい食事を気楽に食べるという雰囲気はなくなってきたが、雑然とした街の魅力はいまなお失ってはいない。よくみると、中国人観光客がいちばん多いのだ?分からないようで分かりますが?

関内中華街001
市営関内駅構内

関内中華街002
伊勢佐木町

関内中華街003
大通り公園

関内中華街004
横浜球場

関内中華街005
中華街

関内中華街006
同関帝廟

関内中華街007
中華街路地

関内中華街008


関内中華街009
中華街大通り(なんだ「大通り」という名が好きなんだ?)

関内中華街010
日本大通り

関内中華街011
横浜公園(横浜球場前)

関内中華街012
横浜球場前信号待ちの韓国の青年、福岡から走って東京まで(ゴール近し!)

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