写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

花日和 神代植物公園<東京TOKYO③-12>  

花を見て蕎麦を食べるとなると、神代植物公園・深大寺が家から近い。ここのソメイヨシノはまだまだ6分咲き、満開は週末になりそうだ。おなじく6分咲きぐらいと思えるジンダイアケボノは花の色彩が鮮やかで、もう見ごろと言えそうだ。あのアーモンドもサクラの仲間だったなんて知らなかった、少し咲きすぎていたがきれいな花でした。蕎麦もうまい(お店は何十軒もあるので当たり外れはありますが)。

花日和001トサミズキ
トサミズキ

花日和002キクザキイチゲ
キクザキイチゲ

花日和003ハナニラ
ハナニラ

花日和004アーモンド
アーモンド

花日和005ジンダイアケボノ
サクラ(ジンダイアケボノ)

花日和006ジンダイアケボノ
サクラ(ジンダイアケボノ)

花日和007ソメイヨシノ
サクラ(ソメイヨシノ)

花日和008ハチジョウキブシ
ハチジョウキブシ

花日和009ゼンマイの類
ゼンマイ(の類)

花日和010ナノハナ
ナノハナ

花日和011ボケ
ボケ

花日和012アジサイ(スノーフレーク)
アジサイ(スノーフレーク)
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葦焼き 渡良瀬遊水池<或日或処⑤-4>  

関東北部は晴れそうなので(予定を変更して)渡良瀬遊水池の熱気球でも見ようと走った。ところが、近づくほどもなく黒い煙が立ち上り 「おぉ、野焼きだ!」といそいで近づいた。朝08:30から始まり、夕方までかけて焼いていくそうで、遊水池そのものは安全のため立ち入り禁止になっていた。天候や風向き、風の強さなどで予定が何度も変更され、近辺の人でもいつやるかなかなか分からないそうですから、運が良かった!この辺は、真冬に栃木市から渡良瀬、利根川、関宿、江戸川・・・と北風に乗って何度も走ったところですが、ずいぶん整備されて「道の駅」もできていました。広大な渡良瀬遊水池はご存じのとおり、足尾鉱毒事件で廃村(棄民)となった谷中村の跡地です・・・。

葦焼き渡良瀬001

葦焼き渡良瀬002

葦焼き渡良瀬003

葦焼き渡良瀬004

ミツマタの春 函南<或日或処⑤-3>  

ほとんどの木々はまだ芽を出していないこの季節、海抜700mの函南の山を昨年より2週間ほど早く訪れた(2015年4月の「濃霧はれて 函南」)。踊っているようなバイケイソウの若葉もまだ小さく、わずかにミツマタが咲き始めて春の訪れを告げていた。枝先が必ず三本に分かれる、この木の不思議。

ミツマタ函南001

ミツマタ函南002

ミツマタ函南003

ミツマタ函南004

ミツマタ函南005

ミツマタ函南006

「虹の戦士号」訪問記 横浜港<或日或処⑤-2>  

グリーンピース(環境+平和)の「虹の戦士号」が、福島第一原発沖での海洋調査(海水と底土の放射性物質、濃度測定)を終え一週間前に横浜港に停泊しています。ぼくはグリーンピースとは関係ないのですが、友人が招待を受け行けないので「代役」で昨日(4/19)行ってきました。「虹の戦士」とはコミックの題名みたいですが、「いまに、地球は病み、海は黒ずみ、川の水は毒となり、動物たち植物も姿を消しはじめるとき、まさにそのとき、人々を救うために世界中から虹の戦士が現れる」という北米先住民族の伝承にちなむ命名でした。独特の「非暴力直接行動」をうたったNGOで、「シーシェパードとは関係のない別の団体です」とわざわざ書き加えていましたが、なんとなくイメージ的に混同されそうです。本日17:00出航し、韓国釜山の北にある原発の反対運動をしている住民との交流を行うということでした。

虹の戦士001-1
関内から新埠頭にいく途中の、ベイスターズ優勝時(1998年)のモニュメント。

虹の戦士001-2
強い雨のなかを出航していく「飛鳥Ⅱ号」。

虹の戦士002
停泊中の「虹の戦士号」、マストの高さは横浜ベイブリッジの高さ(55m)ぎりぎりだそうです。

虹の戦士003
翌日(3/20)の出航に備えての帆の点検・メンテナンス中。

虹の戦士004
見学(乗船)開始、13:00雨は止んだ。

虹の戦士006
帆の張り方、それぞれの帆の役割などていねいに説明してくれました。

虹の戦士007
操舵室の説明、画面に横浜港と自船の位置が表示されるが、傍らには昔ながらの図面が必ず置かれ照らし合わせる。

虹の戦士008
エネルギー、原発などのクイズ6問。

虹の戦士009
福島沖調査のビデオ(調査結果はまだ出ていない)。

虹の戦士010
倉庫になっているが、ヘリコプターの格納庫。せっかく横浜にきたのに第五福竜丸を見にいけなかったことを悔やんでいました。ビキニ事件のときにマーシャル諸島の人々を避難させたのが現在の船長だそうです(米国は放棄した)。

虹の戦士011
対岸に、1917年に新埠頭に設置されたハンマーヘッドクレーン(50トン)、周囲には赤レンガ倉庫がびっしりと立ち並んでいた。

立ちのぼる 小野路<田園の憂鬱⑥-6>  

明日が彼岸の入り「暑さ寒さも彼岸まで」、ことしの桜は平年よりも5日も早いという。昨日までの数日こそ寒の戻りという感じであったが、今日は晴れこそしなかったが暖かな一日だった。毎日、プリントとパネル制作に明け暮れて体もなまるというもの、小野路の春はいかほどと歩いてみれば、まだところどころに冬の残影を見るものの、すっかり春の始まり。うっかりすればモクレンの花が茶色くよごれてしまうところだった。それにしてもこの曇り空、スギの花粉が日ざしを遮っているかのごとく、ぼくの鼻腔はたちまちただれてしまった。野では菜花摘み。

小野路立ち昇る001

小野路立ち昇る002

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東京大空襲71年法要 墨田<アジア太平洋戦争⑤-14>  

2/19付で掲載した「江東墨田の地蔵尊 菊川~立川」で述べましたが、撮影した弥勒寺(3,500名の遺骨が眠る)で3/10東京大空襲71年の慰霊式典の誘いを受け、本日参列させていただきました。当初は被災者を中心にした200数十人の方が出席されていたとのことですが、高齢で出席できない方、亡くなられた方も多く、きょうは20名ほどの参列でしたが慰霊と平和を願う法要がいとなまれました。この日、墨田区の立川・菊川地区では各町内ごとに慰霊の式典を行い、そののち菊川橋西詰の夢違之地蔵尊前で合同の慰霊式典を行い、弥勒寺の住職がお経をあげ黙とうののち全員が焼香して終えました。奇しくも明日11日が東日本大震災5周年であり、合わせての法要でもあることが住職から述べられました。

東京大空襲71年001
弥勒寺。右の方は、高齢の義姉といっしょに浜松からの参加、義母さんが東京大空襲でこの地で亡くなられたということでした。ご本人は子どもの時に浜松で家の直近に爆弾を落とされ、機銃掃射を受けて、多くの亡骸の血の臭いが忘れられないと話してくれました。

東京大空襲71年002
弥勒寺。

東京大空襲71年003
菊川橋夢違之地蔵尊。

東京大空襲71年004
立川4丁目の元ガラス工場レンガ塀。高齢の方が時おり花束を供えていく(2/19付既出)。
「江東・墨田の地蔵尊」は今回でとりあえず終了しました。江東区までは撮影できず今後の宿題となりましたが、墨田区では大半を写せたと思います。戦争被災者(とくに東京大空襲)慰霊の地蔵や慰霊碑・塔は、戦後の復興がなんとか一段落してから建てられたものが多いようです。それと平成になってからのものもあり、これは被災された方々が高齢になったこととも関係しています。今回訪れた墨田区は地蔵尊、慰霊碑・塔がとても多く、東京大空襲の紅蓮の炎が焼き尽くした事実をいまなお伝えています、そしてどれも美しい花が供えられ墨田区の人々が世代を超えて戦争の経験を伝えていることが分かりました。

墨田北部地蔵001吾嬬西公園
吾嬬西公園。

墨田北部地蔵002円通寺
円通寺(「大東亜戦争 殉難者之碑 昭和二十年三月十日」とある~建立は1968年)。

墨田北部地蔵003円通寺ぬれ仏地蔵
円通寺。右奥が通称「ぬれ仏」被災の傷痕が生々しくのこる、左の首を白く補修しているのも頭部・右肩に「負傷」。

墨田北部地蔵004円通寺
円通寺。「ぬれ仏」群横手の江戸期の仏たちもともに被災している。

墨田北部地蔵005飛木稲荷
飛木稲荷(円通寺の隣)の焼け残ったイチョウ(本blog「アジア太平洋戦争遺跡遺品①-8」のうち3番目の写真と同じイチョウ)。

墨田北部地蔵006原公園=田丸稲荷神社
原公園=田丸稲荷神社。

墨田北部地蔵007明源寺
明源寺。左の九輪の塔の由来は分からないが、左右に砲弾形の花立と陸軍マークの付いた鉄カブト。

墨田北部地蔵008慈光院
慈光院。
      ……………………………………・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下は、撮影途上に出あったもの。

墨田北部地蔵009
飛木稲荷。前掲の焼け残ったイチョウの横にある国旗掲揚塔(この手のものは「紀元2600年」を祈念して全国に数多くつくられたようだ)。

墨田北部地蔵010香取神社
香取神社(文花)。

京のかたち 京都<或日或処⑤-1>  

知らぬ者の強みといおうか怖れ知らずというべきか、京都の「かたち」のおもしろさに以前から(ホント)興味を抱いていた。今回は、桂離宮と仙洞御所を見る機会があったので、宮内庁の案内係にせかされつつ撮ったものが中心となりました。桂離宮と言えば石元泰博さんの写真があるので無謀な挑戦と見えるかもしれませんが、いいものはいいのです(汗)。宮内庁では京都御所、修学院離宮、桂離宮、仙洞御所&大宮御所、皇居の5個所を無料で見学案内しています、なんどか足を運べば四季折々の美しさを感じることができるでしょう。

京のかたち001桂離宮
桂離宮の踏石。

京のかたち002桂離宮2
桂離宮の踏石。

京のかたち003桂離宮3
桂離宮。

京のかたち004桂離宮4
桂離宮。

京のかたち005桂離宮5
桂離宮。この橋は要注意、何人か落ちているそうです。

京のかたち006祇園
祇園。

京のかたち007祇園2
祇園。

京のかたち008祇園健保組合
祇園。「京都花街国民健康保険組合」。

京のかたち009大宮御所
大宮御所。仙洞御所の建物は1854年に焼失したままなので、横の大宮御所を見学、ここは年数回使用する現役。

京のかたち010仙洞御所
仙洞御所の北池。

京のかたち011松尾神社
松尾神社。

京のかたち012松尾神社重森三玲
松尾神社の庭園(現代の庭園作家 重森三玲氏作)。


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