写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

★写真展<東京三十六景 36Views of Tokyo>  

東京三十六景 36 Views of Tokyo
20数年来の不況と少子高齢化といいながら、いまなお巨大化する東京と3千万人を上回る首都圏。それは、その内部における格差拡大と、首都圏以外の地域がますます細く老いさらばえていく姿にほかならない。やがて東京自身の自己崩壊を惹き起こす兆しを感じながらのいとおしき東京三十六景。
月島を撮影中、昔ながらの小さな戸建に住む老人が植木鉢の手入れをしていた。「ここらは高層のマンションばっかりですね?」「そうなんだよ、俺は隣近所と話もしない生活はヤだから断ったんだけどネ」、その人の家の周りは更地になって、もちろん話す人はだれもいない・・・。


201204浜町公園
201204 浜町公園 Hamacho Park

201205四谷
201205 四谷若葉町 Yotsuya Wakabacho

201208豊洲
201208 豊洲新市場用地 Place for Toyosu new Market

201212月島
201212 月島 Tsukishima

201301新橋
201301 新橋駅下~新橋から御茶ノ水にかけてこの半円ドームが続き、飲食店や通路になっている。有楽町の「新日の基」は、かつては引揚げ者用の蚕棚だった(戦後しばらく、エリックと眞澄の兄弟がここに寝泊まりしていた)
Under Shinbashi Station

201302晴海
201302 隅田川~勝鬨橋より佃島方面 Sumida River

201305小菅東京拘置所
201305 小菅東京拘置所~「塀の中の~」というのは過去の話、いまは塀がなくなり、ガラスとコンピューターで管理?している。見学可能 Kosuge Tokyo Jail

201307西池袋
201307 西池袋~ガス工事中 West Ikebukuro

201308六本木
201308 六本木 Roppongi

201309赤坂
201309 赤坂 Akasaka

201309日比谷公園
201309 日比谷公園 Hibiya Park

201309六本木
201309 六本木 Roppongi

201310二子玉川
201310 二子玉川 Futako-tamagawa

201312自由ヶ丘
201312 自由ヶ丘 Jiyugaoka

201401多摩ニュータウン
201401 多摩ニュータウン~1971年に入居開始。いまも民間の手により拡大中。古い団地は高齢化が進み、老朽化とエレベーターがなく団地内商店が廃れ、今後の建替えが大きな課題となっている(一部リニューアルが成功しているが)。ジブリの「平成狸合戦ぽんぽこ」は必見!
Tama New Town

201401東雲駅
201401 東雲駅 Shinonome Station

201401門前仲町ペタンク
201401 門前仲町~ペタンク Monzen-nakacho

201404墨田
201404 墨田区堤通 Sumida

201404墨田木母寺モクボジ
201404 木母寺~梅若堂。真ん中に伎芸天、左に梅若丸、右に母。梅の字をほぐして「木+母」寺、モクボジ
Mokubo Temple in Sumida Ward

201405池袋エコミューゼタウン地上49階
201405 豊島区役所(49Fマンション付)と地下鉄東池袋駅連結地下道建設中 East Ikebukuro

201406新宿御苑
201406 新宿御苑 Shinjuku Garden

201407町田市三輪
201407 開戸親水ひろば~鶴見川上流。町田市からわずかに外れ川崎市麻生区側が写っています(5~10m)Tsurumi River

201408高幡不動
201408 高幡不動 Takahata-Fudo

201408新宿二丁目
201408 新宿二丁目 Shinjuku 2-chome

201408立川立飛
201408 立川 立飛ららぽーと建設現場 Tachikawa

201409玉川「中水」部分
201409 玉川上水~江戸の上水道として江戸初期に羽村から四谷大木戸までの43キロを掘削して多摩川の水を引き江戸市中に供給した。現在、玉川上水は「玉川上水駅」下流で途切れ、水は東村山へ。そのすぐ下流側(小平監視所)から昭島の下水処理水(中水)を流し、両岸には緑が茂りむかしの玉川上水の景観を辛うじて保っている。かつては入水の名所になるほどの水量があった(1948年太宰の入水は有名)。この「玉川中水」も久我山から暗渠になる
Tamagawa Waterworks constructed for Edo people in Edo period(1653)

201410麻布二の橋
201410 麻布二の橋 首都高の下 Azabu Ninohashi

201411大久保駅
201411 大久保駅(北口)前 Okubo Station

201411大橋JCT
201411 大橋JCT(天空庭園にいたる道) Ohashi JCT

201411目黒天空庭園
201411 大橋 目黒天空庭園(大橋JCT屋上) Meguro Sky Garden (Top of Ohashi JCT)

201501新橋
201501 新橋 ニュー新橋ビル Shinbashi

201502八王子
201502 八王子 Hachioji

201503町田市小野路
201503 町田市小野路 Onoji in Machida City

201504小石川植物園
201504 小石川植物園 Koishikawa Botanical Garden

201504西ヶ原
201504 北区西ヶ原 Nishigahara in Kita Ward

201505八丈島三原山(東山)
201505 八丈島~八丈富士(西山854m)火口縁から三原山(東山700m)を見る。都心から287キロ南方の温暖多雨の島。太平洋戦争末期に、連合軍によるマリアナ諸島、硫黄島に続く攻撃・上陸が必至と見て、(旧)日本軍は三原山(画面)中央やや上部に長大な地下要塞(壕)を造り鉄壁山と称し、左手前の神止山カンドヤマの地下壕と併せて迎撃態勢を築いた(総延長60キロ、現在も残る)
Hachijo-jima(Island)

以上『東京三十六景』です    撮影、制作 渋谷秀雄
2016年4月1日~4月30日 ジュンク堂池袋本店3階壁面にて開催(A3サイズのドライマウント仕上げを、畳半畳サイズのスタイロフォームに貼りこみました。1スタイロあたり5点~6点で、計7枚のスタイロを壁面に吊るしました)
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3年ぶりのジュンク堂池袋本店(3F文芸書売場壁面)での写真展『東京三十六景』開催中です。残すところあと9日、4/30(土)正午までです!
変貌する都市、より巨大化する都市東京は、他方で20数年来の不況と少子高齢化の波にひたひたと洗われてもがいているかのようです。田園を住宅へと造り替え、さらにその住宅を上へ上へと伸ばしてゆく・・・その未来を描けずに。
4年間の春夏秋冬を繰り返すなかでの『東京36景』をお楽しみください。

※初日4/1は午後から最終日4/30は正午までです、それ以外は休みなし、10:00~23:00(日祝~22:00)。
※書店の売り場壁面ですので申し訳ありませんがわたしは常駐していませんが、事前に連絡していただければ3Fにおりますのでご一報ください。
※いつも当ブログへのご訪問ありがとうございます。週に1回ぐらいのペースで更新したいと常々考えていますが、現在写真展『東京三十六景』の準備に忙しく、しばらくのあいだ更新が遅れますがお許しください。

ジュンク堂案内状M

地図です(池袋は西口が東武で、東口が西武です)~東口出て南へ目白・新宿方面に歩いて「南池袋一丁目」交差点の真ん前に見えます。
〒171-0022 東京都豊島区 南池袋2−15−5 電話:03-5956-6111

ジュンク堂池袋地図



「鉄の肺」との出会い 鳥取<或日或処⑤-5>  

暗い話で申し訳ありませんが、このblogはある種わたしの「日録」でもあるので、半年おくれですが1点入れておくことに(決断)しました。わたしが3歳半のとき、2歳の妹が小児麻痺(ポリオ)で死にました。隣家の子が感染した直後に症状があらわれました(が、当時は感染性の病気とは考えられていませんでした)。けっきょく症状が脳もふくめ全身に回り、医学的にはどうしようもなかったと考えられます。しかし、絶望的なときに医師が「鉄の肺が間に合っていれば何とかなったのだが・・・」旨を両親に話しました。以後、ときおり両親が「鉄の肺」があったらねぇという話をしていました。それがどういうものか、まったく分からなかったのですが。
昨年、三ノ宮から回って鳥取に寄り道しました。中山さんの写真展と植田正治写真美術館を見ることが目玉で、以前泊まったGホテルで、偶然テレビに「鉄の肺」の特集番組が映し出されクギづけになりました。それは単なる「人工呼吸器」ではなく、生活もまた可能なカプセルだったのです。カプセルから頭を出している女性は、この中で何十年も生き延びて=生活していたのでした。重症化した妹に可能だったとは思いませんが、今は亡き両親がこの映像をみたら藁をもつかむ気持ちが沸き起こったでしょう。


201511鉄の肺

PAINT 南池袋<東京TOKYO③-14>  

『KATACHI』に続いて、『PAINT』8点です。

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KATACHI 南池袋<東京TOKYO③-13>  

わたしの写真展『東京三十六景』も、おかげさまで無事12日をすぎました(ジュンク堂は23時まで営業中なので過去形ではないのですが)。無事とはいえ、わが家では問題なかったパネルがジュンク堂に移したとたん乾燥で歪が出て虫ピンで補強したり、「事件」があったりと、波風たたぬわけではありませんでしたが・・・。そして会場が品揃えのよい本屋さんなので目移りがします。6階では歴史学者の加藤陽子のコーナーがドーンとあったりして、もう6冊も買ってしまった(読み終えたのは2冊)。きょうは南池袋を歩いてみました。思った以上に(神社もですが)お寺が多く、一部は繁華街に飲み込まれた感じですが、南側は雑司ヶ谷の神社仏閣にガードされて、東側も雑司ヶ谷霊園(住所は南池袋4丁目)にがっちりとガードされているという区域でした。今回は、『KATACHI』と『PAINT』の2本にまとめてみました。

南池袋かたち001

南池袋かたち002

南池袋かたち003

南池袋かたち004

南池袋かたち005

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写友ありがたく花 池袋・雑司ヶ谷<東京TOKYO③-13>  

写真というのはいいものだなぁとしみじみ思うときがあります、きょうもそんな一日でした。いま池袋でやっている写真展『東京三十六景』に、鳥取からNさん、千葉からSさんが見にきてくれました。それだけでも誠に有難いことですが、限られた時間のなかで三人で食事をしたあと雑司ヶ谷の法明寺の桜を見て、鬼子母神にお詣りをし、西武線山手線をくぐって西池袋の明日館(みょうにちかん、1921年フランク・ロイド・ライトと弟子の遠藤新設計。本ブログ 2013年7月池袋生活 自由学園明日館<東京TOKYO-30>所収)にいきました。振り返ってみるとその間多くを語ったわけではありませんが、古くからの友人知人のように自然に散歩しました。共通の写真がなしうる縁、いいものだなぁ、と。

2016池袋雑司ヶ谷001

2016池袋雑司ヶ谷002

2016池袋雑司ヶ谷003

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