写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

湘南晴れ 葉山一色長者ヶ崎<神奈川考②-9>  

北海道の従弟から、「桜どころかこっちは吹雪です」と雪の写真が送られてきました。それでも満開前線は明日が仙台で、着実に津軽海峡を越えて札幌に行きます、5月ライラックと同じ頃?。葉山の神奈川県立近代美術館で「砂澤ビッキ展」をやっているので、あまり宣伝されないうちに見に行こうと朝一番。最初から最後までわたし一人で、贅沢な一日を過ごすことができました。最後にビデオを見ると、ビッキの工房は激しい吹雪に埋もれかかっていました、そうだ次は北海道でビッキを見なければ!

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展覧会のためにビッキの作品「樹華」を再制作したもの。中は写真撮影禁止。

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美術館で。

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西雅秋「イノセンス-火」1991年作、(るつぼだそうです)。

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西雅秋「大地の雌型より」2003-2005年作。

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タブノキ。

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保田晴彦「地平の幕舎」1993年作。

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オオシマザクラか分かりませんが、2017年最後の桜(館内)。

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館内より。

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美術館前。

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美術館前。

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長者ヶ崎。きれいに晴れてもきょうは富士山は見えず、伊豆半島がぼんやりと横たわっていました。

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さかの街はなの街 横浜山手<神奈川考②-8>  

南風が一日中つよく吹きたったいま収まりました。でも天気は上々、横浜のソメイヨシノにもきょう満開宣言がでました。横浜は山というか丘と谷の街です。ほんとうは階段が多い山手地区の階段を徹底的に撮ってやろうと考えましたが(いつも妄想ばかり)、せっかくの満開なので花と階段を撮ることに方針替え。尾根直下の崖にいっぱい咲いています、しかし区画整理がされていないので階段も多いのですが、同じ理由から上っていっても袋小路が多く満開の木にたどり着けません。けっきょく最後は「山手公園」に上ってしっかり堪能しましたが。
「山手公園」あたりは有名な学校や教会などが多く、日本最初の「西洋式公園」で最初の「テニス」を始めたところで最初の「電話ボックス」を設置したところで・・・横浜はいたるところにそんな看板が出ています。むかし外国の居留地だったからですね。


001山手満開日
その崖のみごとなソメイヨシノなのですが、けっきょくたどり着けず、対岸(北側の丘)から。

002山手満開日
こんな階段ばかり、上っていくと2~3軒あってどん詰まりだったり・・・。

003山手満開日
ハナニラ、階段の途中で。

004山手満開日
ここは階段と桜、理想的です。右の桜の花を手にした男の子の家、女の子もここの桜を手折りたかったのですがわたしがいるので躊躇しやめました、ごめんね。

005山手満開日
まぁこんな感じ、この階段は山手公園にかろうじてつながっていました。

006山手満開日
山手公園、ギター片手の若者が歌を・・うまいので動画を撮ったのですが編集がうまくいかず(明日か?)

007山手満開日
ソメイヨシノ。

008山手満開日
ソメイヨシノ。

009山手満開日
オオシマザクラ?イヌと見上げる男性と・・・。

010山手満開日
オオシマザクラ?

011山手満開日
出口~裏から入ったので入口です。人はあまり出ていません。

012山手満開日
クヌギ。

きょうのいちおし④ 三井為友『南海虜囚の詩』  

「いちおし」今年最初の本ですので、ぜひ皆さんに読んでいただきたいのですが・・・なかなか手に入らない詩集です。いまamazonを覗くと『南海虜囚の詩』は1976年著者本人版で出ているものと1981年(諏訪市)檸檬社版の二種類がありますが、いずれも「現在在庫切れです」となっています。元々の出版部数が少ないので、古書店をさがしてもなかなか見つからないようです。
前者(豪華装丁)と後者は装丁を別とすれば同じなのかというと少し違うようです。1981年版の「まえがき」によると、前者は「北ボルネオ捕虜収容所で書きとめておいた詩や感想文(を)~1976年末の誕生日の記念(の)詩集として刊行」したが(300部)、知友・戦友の要望が強く「帰国後書いた二篇と、前回省略した六篇を加え、三部に編成しなおした」のが後者1981年版だそうです(わたしが読んだのは1981年版です)。三部編成の全23の詩篇となっていますが、うち4番目の詩「自由」は豪州兵 隊内新聞に載ったT.H.サンダーズ伍長の詩を著者が訳したものです。詩と、詳細な「あとがき(詩の注記)」をもって全作品となっています、じっさい「あとがき」がなければ前後の事情が分かりません。
1944年5月に赤紙招集され、金沢から「北満」に配属も束の間、同年7月に「北ボルネオに移動し、信州初年兵600名のうち、500名が南方の露と消え」「編入された~速射砲中隊へは、信州初年兵30名が入ったが、このうち生還し得た者は4名であった」という、制海権がすでになく輸送船が次々と沈められていくなかで9月にボルネオ西部に上陸、10月にはサンダカン東のタンビサン水道を移動中に敵機に襲われ・・略・・1945年4月サンダカンから、西方の現コタキナバルまでのジャングル内の横断行軍「死の行進でたおれた者は、初期にサンダカンから護送された英軍人捕虜を含め、実に1万をこえるといわれる」。1ヶ月余の一方的に激しい弾雨にさらされる戦闘中に敗戦を迎え、捕虜収容所に入れられる。
帰国後に書いた2篇以外の20篇は、すべて「刺線無情(ばらせんつれなく)」(第一部の題名)ふるさとの想い出、少年時代、父母、戦友、そして行軍と戦闘が詠われていくがそれらは鉄条網の内側からの詩でありました。海のない信州で育った著者の詩篇「遠い遠い少年の日」の「~海は恐ろしく 声たかく 荒々しく 私の心を呑みこんだ~」海は、30代の筆者に「~襲いかかる大波と滝の雨に抗して われわれは死にもの狂いで 船底の水を搔き出した~」記憶を失いやがて「そこにあるものは黒い無限の大地と 青い無限の海だけだ」として目の前に現れます。また、詩篇「ある墓碑銘」は狂い死にしていった戦友を詠う、「ここ―南海の小島の 椰子の葉しげるところ 南沢 実―ついに眠らず」眠らずなのです。
今回の「いちおし」の詩集は、じつは高校の同級生三井さんのお父様のものです。なお、この死の行軍中に多くの豪州・英国の捕虜を死なせ、のちに「サンダカン死の行進」として豪州軍により戦争犯罪が裁かれる問題はこの詩集の主たるテーマではないようですが、同時に押さえておくべき事実ではあります。


南海虜囚の詩 小

横浜大空襲その2 元町周辺<アジア太平洋戦争⑥-11>  

わたしが小学校1年というとそろそろ戦後10年というころですが、日本への空襲は「木と紙の家」を焼き尽くす焼夷弾が主でしたから(通常爆弾、機銃掃射、艦砲射撃もあったが)鉄筋コンクリートの建物は比較的のこっていた。その焼け跡に人が住み、通学のときになぜか怖い思いを抱いた・・・住んでいる人に大変申し訳ないことでした。※モノクロ写真は横浜市のサイトのものをお借りしました。※ついでに言っておくと、都内には空襲で焼け出された人々がバラックに住んでいるところがいくつもありました(1964年の東京オリンピック前に取り壊し都営住宅などに移転・入居)。わたしのクラスにもそこから通っている子がいて、何か無くなると先生が彼を疑る(公言する)のですからひどい民主教育でした。こういうことを書くと抑制が効かなくなってあれもこれもとなりそうですがひと言、1958年に東京アジア大会が開かれ、オリンピックの誘致が目的でした。このころから、外国人にきたないところを見せてはみっともない~という日本人特有の意識が強く働き、バラックの撤去、まだ漁村だった羽田は日本の玄関口になるのに汚いというので、都内に入る道路の両側に企業の大看板を付けて見えなくしました「臭い物にはフタ」です。川は暗渠(どぶ下水)になりました。

001汐汲坂から中華街方面
汐汲坂から中華街方面(手前が元町)

002百段坂公園から中華街方面
百段坂公園(汐汲坂の東側、むかしは百一段の階段の上だったが関東大震災で階段は崩壊した)から中華街、左手が「みなとみらい」、まったく面影がない!

003フェイリスから西の橋
フェリスから、手前の大きな橋が西の橋むこうが関内方面(磯子線は1964年にできる)

004フェイリスから石川町
フェリスから石川町、前の写真の左手にあった3つのビルがこの右手のビル(現在も似たようなビルがあるが、戦後のもののようだ)。おなじ連続写真だが横浜中心部はビルが多いので焼け残っているが、こちらは「木と紙の家」なので焼夷弾によって焼け野原になっているのが分かる。

005堀川西の橋東寄り
現在の西の橋(東側より)。東京同様、川・運河の上は首都高3号線と横羽線が交差していて昔の面影がないというか、土地勘のないわたしなどはどっちがどっちだか分からなくなる。右に行くと中華街へ(中華街から元町商店街へと人が流れる)

006元町商店街
丸焼けとなった元町商店街

007元町商店街
現在(4/2)の元町商店街、おしゃれな街として人気がある

008元町商店街
同じく元町商店街、4/2は日曜日それも久々に暖かくなったのでこれから人がでてくる







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