写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

藤原安産堂・下 秩父郡皆野町<或日或処⑤-11>  

お世話になった安藤さんは画家というか美術家というべきか、舞踏とも関係が深く夜は大作を片付けて舞踏のビデオ会となった。かたやSpikeは、ウサギの着ぐるみを着て世界各地に出没するパフォーマー、今回は成田の到着ゲートのところでやるので写真を撮ってほしいという依頼がMizueさんからありました。しかし・・すぐパクられるよというわたしの忠告をいれて中止、まぁその代わりという感じで藤原での邂逅となったわけです。
ところで、この藤原地区ですが水田はむかしは集落の上の方にあったが植林されていまはない。また林業はふるわず、養蚕も全滅、畑というほどのものもない。早朝歩いてみると、大きな家々の前に軽トラが1台あったりするので、ここに一人住んで下に働きにでて夜戻るというパターンと理解しました、対向車が来ないわけです。しかし、こうして衰退し廃村となっていく村は日本中で数多く、けして珍しいことではないのです。「三ちゃん農業」なんて死語で、「長男から出て行く」のも同様、いまは娘さんが出て行く時代だと言われますが、娘もいない村こそ多いのです。


藤原安産堂その二001

藤原安産堂その二002
安藤さんと作品。山仕事をしているので身のこなしは軽快ですが、運転する軽トラも軽快でやや怖し。

藤原安産堂その二003
こちらも美術家の方が借りているようでした、早朝ラジオ体操をやっていました。

藤原安産堂その二004

藤原安産堂その二005

藤原安産堂その二006
「下におりる」ときは引っ越しではないので、かなり乱雑に放っている。この裏(庭)には卒塔婆が無造作に置いてある。


卒塔婆。

藤原安産堂その二007

藤原安産堂その二008
集落の真ん中の沢は、「土石流危険渓流」だった。

藤原安産堂その二009

藤原安産堂その二010
愚痴ばかりでる83歳でしたが、普段は愚痴を言う相手もいないわけです。左はMizueさん。

藤原安産堂その二011

藤原安産堂その二012
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