写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

古墳の街 慶州Gyeongju市内<アジア太平洋戦争⑥-15>  

金銀珠玉類がざくざくと出た金冠塚の発見は、隣接した酒屋の工事中に偶然埋葬品が見つかってのことでした、この「金冠塚」発見が古墳の「発掘」「盗掘」と出土品の「蒐集」にいっそう火をつけるきっかけともなりました。「墳墓は国法と鬼神にたいする恐怖とがこれを発掘せしめざりしをもって、慶州付近には新羅時代より高麗時代を経て現代にいたるまでの古墳新墓相錯雑して遺存し」しかし「近年韓国政府の政令紊弛の結果として、盗掘しきりに行われ、その盗掘品は日本商人の手に帰し(ている)」(1906年以降に記された今西龍の文章。『コロニアリズムと文化財』荒井信一、岩波新書より孫引き)それは日本による韓国朝鮮の植民地化と軌を一にするものにほかなりません。日本にある韓国文化財は、合法的・不法的合わせて30万点にのぼるといわれ、所在が分かっているのがそのうちの1割だそうです(同書より)。今年、対馬の「観世音菩薩座像」を大田地裁が韓国の浮石寺への引き渡しを命じた件については、わたしは納得がいきませんが・・・今回はこれ以上触れません。

慶州市街001中
1921年9月発見時(ごろ)を描いた金冠塚周辺(慶州博物館展示。古墳の周囲には家屋が密集していたのがよく分かる、朴正煕大統領時代に家屋を一掃した)。

慶州市街002-01
現在の金冠塚。1921年に金冠など貴重な出土品が多数出たが、その場所、全体の構造などの調査が不徹底のため、その他の古墳と合わせ2014年に再発掘調査を行った。直径47メートル(超)の巨大な円墳であったが、発見当時の姿に埋め戻されたようです。

慶州市街002-02
路西洞古墳群。この古墳群の東側に金鈴塚をふくむ路東古墳群があり、南側は皇南大塚などたくさんの古墳が連なった大陵苑(有料200円ぐらいだったか?)があります。

慶州市街003
路西洞古墳群。市民の憩いの場でもあり、近道にもなっています。

慶州市街004
路西洞古墳群。再調査中の瑞鳳塚。すぐ向こうが金冠塚。

慶州市街005
チョクセム遺跡発掘中(小型の後楽園エッグ・ドーム様に覆われ、見学・説明も兼ねている、無料)。この一帯は慶州駅の南側だが、広大な地域がほぼ更地になって今後の発掘を待っている。

慶州市街007
路東古墳群。

慶州市街008
市内中心部、といっても歩いて回れる範囲です。

慶州市街009
土曜日は定例の朝市が中央市場に沿った道路に開かれます。近隣各地から野菜・果物をはじめ花や雑貨まで様々な物が売られています。「量が多すぎじゃないの?」と心配しますが、お得意さんもいるのでしょう、昼すぎには売り切れでした。

慶州市街010
同朝市。

慶州市街011
大陵苑裏の7-elevenも韓式、スターバックスも・・・古都のイメージを守るということでしょうか。

慶州市街012
大陵苑内の小さめの古墳「天馬塚」の内部、ここからも見事な金冠をはじめ貴重な出土品が出ています。

慶州市街013
チョクセム遺跡から大陵苑を望む。古墳群の写真ばかりでしたが小さな商店街もあります。スンデクッ(スンデは春雨・餅米などいろいろ詰めた豚の腸詰めで、クッがスープ。アミの塩辛とコチュジャンなどで自分流に味付けして食べます。ついご飯を手に持ってしまいますが、こちらではいけません)、いろいろ付いて700円ぐらい。豪勢にいきたい人は「宮廷料理」なんかもあるようです。


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