写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

第二都市 釜山<アジア太平洋戦争⑥-16>  

少し軽い気持ちでいたことを今は恥じている。帰り支度をして、やや観光気分で釜山の胃袋=チャガルチ市場を見て、釜山タワーから市街と港を撮影して、「国際市場で逢いましょう」の世界を覗いて・・・と。歩いてみれば独立運動を資金面から支え続けた実業家の「白山記念館」(休み)、龍頭山から下りる途中に現れた旧日本家屋?、富民橋、西南部には旧遊郭地域も残っている。古書街の中から急激にのぼる階段も登って見るべきだったろうか。もう一度ネジをまき直して、かつての植民地化の一方の中心であり、関釜連絡船の埠頭の街・釜山をまた、そして下関にも行ってみよう。

再釜山001
チャガルチ市場。

再釜山002
同市場。

再釜山003
釜山タワー(南)下、旧日本家屋?

再釜山004
釜山港(一部)。

再釜山005
富民洞「臨時首都記念館」近くから。山の上まで密集した家屋が釜山の「風物」だが、いまでは高層アパートが取って代わっている。

再釜山006
旧富民橋親柱の1。「十四年八月竣工」と読めるが、上は砕かれている、「大正」と記されていたのであろう。

再釜山007
旧富民橋親柱の2。ここに富民橋がかかっていたということだ。地形から判断して北側の山の方から流れていたと判断したが、1919年の地図を見ると間違いなく「宝水川」という釜山の主要河川であった。地下鉄「チャガルチ市場」駅はちょうど河口になる(駅そのものはその後の埋め立てでできた地盤にできたようだ。広い道路の下は暗渠かも知れない)。

再釜山008
富民洞東側、旧日本家屋か?(あちこちで)老朽化した瓦屋根の家は、このように屋根をそっくり樹脂でコーティングしている。見た目はともかく、安価で雨漏り対策と瓦の保護はいちおうできるということ。

再釜山009
宝水洞古本屋街。「JAZZ IT UP」の韓国版(2003年南武成氏 の作品、台湾版の次に日本版が出た)をさがしたが見つからなかった。

再釜山010
国際市場。

再釜山011
国際市場、ここにも旧日本家屋と思われる?建物がさりげなく存在している。

再釜山012
国際市場。南浦駅東のロッテモール横にも何軒か旧日本家屋?があったが、次回いくときにはもう無いだろうという感じだった。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://hidsby.blog112.fc2.com/tb.php/3270-4208c1ab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

ご意見・ご感想などこちらから

カウンター