写真集HIDSBY’s Photographs

『樹木派』『アジア太平洋戦争遺跡遺品①②③④⑤⑥⑦』、さらに『田園の憂鬱』が2011年5月完結、『充電式日録』『或日或処』『東京TOKYO』と、てんこ盛り過ぎ!

七草探し 市が尾・箱根<神奈川考②-13>  

風情などとはおよそ遠い生活をしてきたので、秋の七草がなんで、そしてどのような草花なのかとんと知らない。ススキ、ハギ、オミナエシぐらいまでが限度で、さてなんだろう?少し調べて歩いてみると、クズが・・・これはあんまりきれいともいえないし清楚という感じでもないけれど野山に縦横に繁茂した宴の後とでもいうような飾らない花がいいのかも知れない。ハギといっても、種類がいくつかあってなかなか難問だ。とはいえ、秋の風に吹かれて野山を歩く心地よさを楽しめば良しとしよう。※きょう(9/29)Mさんが教えてくれた「秋の七草 覚え方」です→「お好きな服は?」オ:オミナエシ、ス:ススキ、キ:キキョウ、ナ:ナデシコ、フ:フジバカマ、ク:クズ、ハ:ハギ・・・です。「はぎききょう、 くずおみなえしふじばかま、 おばななでしこ、 これぞ秋の七草」と覚える方法もあるようです(こちらは小学校のときに覚えたような?)

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内原駅近くの地蔵院の「満蒙開拓殉職者之碑」説明板には「五族協和のもとに楽土建設を夢みて大陸にわたり殉職された8万有余柱の為に昭和20年に建立された。この納骨室には義勇軍戦士のうちふるさと探しも可(ママ)なわなかった17柱の実骨と帰山された分骨を合わせ34柱が安置合祀されております」(昭和58年に記された文の概略、建立は加藤完治によると記されている)。河和田の本法寺別院の「拓魂碑」(平成3年建立)には「五族協和、王道楽土、満州国建設の大志を抱いた8万6千5百3十名、戦争という極限のなかで昭和20年8月9日未明そのすべては壊滅、多数の青少年が大志半ばにして満州の地に没したる惨、農事訓練の場河和田の本法寺境内に拓魂碑を建立し後世に伝えるものなり」(概略)・・・スターリンのソ連参戦によって「10町歩」の土地」が約束された青少年(14~19歳)たちのうち2万4千人が犠牲になったのは事実であるが、それは満州国建設という侵略的な国策のもと「右手に鍬、左手に銃」として内原で訓練を受け「満州」に送られた少年たちの受けた二重の悲劇であった。その負の側面に触れることなく広大な内原の町に訓練所の遺跡が数多く存在する。

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「満蒙開拓殉職者之碑」

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日輪兵舎(復元、モンゴルのパオがモデルであるという。この兵舎が200~300棟建って数千人~1万数千人の少年たちが訓練を受け次々と「満州」に送られた)。

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日輪兵舎内(1棟50名ぐらいで集団生活をした)。

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靴(制服などはしゃれていたというが、彼らが配備された「満州」ソ連国境近くなどの現実は悲惨なところが多かったという)。

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資料館近くの公園には、なぜか自衛隊のヘリコプターが展示してある??

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柳条湖事件(「満州事変」)直後に出された建白書によってこの訓練所がつくられた。中心の一人、農本主義者加藤完治が経営していた農業学校(訓練所時代は一体化したと思われるが)、現在は農業実践学校。

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農業実践学校真ん中にある「弥栄いやさか神社」への道。

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弥栄神社の中心は加藤完治の銅像だった。

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本法寺別院拓魂碑の隣「極楽世界」碑。「青少年義勇軍と開拓殉難者の納骨墓地「日本人墓地」がハルビン郊外に建てられていたが、改称改建し「極楽墓地」碑とした(いつか不明)。その名が中国墓園に相応しくないので新名称で建て替え、日本に持ち帰り本院に安置した(2003年)。史実保存と犠牲者の鎮魂供養の顕現を希う」(概略)なんか謎の多い碑。

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本法寺別院「拓魂碑」(既述)

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本法寺別院の裏手、訓練所跡地の一部。

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訓練所の指導層養成の学校跡地、現在は鯉淵学園(農業栄養学校)、大変礼儀正しい学生さんたちでした。当時の建物が数棟残っている。

水戸市郊外に艦砲射撃の跡が残っているという話を聞いて一昨年水戸市を訪れましたが、市内中心部の変容にはびっくりしました。「シャッター通り」化を通り越していたるところが「コインパーキング化」していました。2011年3月の大地震による被害が大きく、再建のメドが立たず更地→コインパーキング化しているということでした。ところで艦砲射撃跡はこのときは分からずじまいでしたが今回は、それが水戸北東のひたちなか市の「つつじ山」にあるというので探しました。「山」だと思ったのですが、スーパーとJR電車区に挟まれた狭い平地にある無縁仏をまつったところでした。江戸初期に行き倒れたひとを村人が丁寧に葬ったことが最初であるという、寺でもない神社でもない「無縁様」。28日が縁日だそうですが、「暑くてひとも少ないねぇ」と信心深きお婆さんの話。

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江戸初期から続いているとは信じがたいほど何もなく、お地蔵様も新しい・・・無縁仏に相応しい気もするが。

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「~国巡拝記念」の碑の頭が吹っ飛んでいる。1945年7月17日未明から、日立の兵器工場を中心に射撃されたもの。

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右奥がJRの「車両センター」です。

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一角に「無縁戦没者慰霊塔」がありました。

毎日見ているから驚くことはないのですが、一般道で片側3車線(計6車線) 中央分離帯が6~10mぐらいはあるだろうか・・・こんな道路は珍しいのではないでしょうか?新横浜元石川線(一部は中原街道)はいま秋の七草「葛クズ」に覆われてジャングル化しています。花はサルスベリが満開、その他ムクゲ、テッポウユリがわずかですが、春には花盛りになるはずです。

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「写真展~きょうからです」に書き足しましたが、本日8/21(月)15時にて無事閉会いたしました、応援・ご来場有り難うございました!3週間、ジュンク堂池袋の本に囲まれて過ごしまたまた本をいっぱい購入しました(供給過剰状態です)、金達寿、福岡伸一(ちょうど福岡氏の翻訳アンドリュー・キンブレル「生命に部分はない」を読んでいたら、ジュンク堂裏で制服を着たそっくりさんが歩いて来るではないですか・・ア本物、思わず挨拶して「愛読者です」といったらぎゃくにお礼を言われ)新書版「新版 動的平衡」買いました。しかし9階の写真集売場ではこれと思うものがなく、地方出版物コーナーで下記:金瀬ゆたか氏「浦廻り」-奪われた故郷の記録2010年現代写真研究所出版局に「廻り遇い」ました。これは副題そのままでも良いかと思いましたが凄い写真集です。わたしごときがアレコレこね回すよりも見た方が良い!それしか言えません!

浦廻り 小
写真展<きょうのむかしとむかしのきょう>(韓国近代史を訪ねて)きょうからです!8/1火~8/21月(10時~23時、無休、最終日は正午まで)ジュンク堂池袋3階文芸書売場の壁面です。よろしくお願いいたします。
本日8/21(月)、お陰様にて盛況の裡に終えることができました、応援・ご来場、有り難うございました!本日正午に吊っているテグスを切っているときに1名来ていただき、半分は床置きで見ていただきました・・・その間に「これから行きます」という方があり全部床置きで見ていただき3時過ぎに閉店しました。だれもいない中での閉店ではなくて良かったです。明日からまた撮影再開で、少しずつアップできるかと思いますので、今後ともよろしくお願いします(8/21、19時)。

hagaki小

梅雨明け 箱根湿性花園<神奈川考②-11>  

都心に霰アラレ雹ヒョウが降りようやく気象庁の「梅雨明け」が発表されました。すでに先週の7月10日ごろからからわが家の辺りはカンカン照りで、梅雨もどこへやら?でした。今年はそうとう長い夏になりそうなので、(寄る年波でもあるし!?)写真展の準備にかこつけて引きこもりの日々を過ごしていました。少し外出しようと箱根湿性花園に行きました。ここは箱根町が管理運営する植物園ですが、小さい範囲に様々な道をつくり行ったり来たりしていると楽しめます。狭いとはいえ南側には広大な仙石原湿性植物群落にもつながっているので、秋はススキの原を堪能できます。しかし、夏のこの時季は強い日ざしに花々も力なく、ただコオニユリだけが鮮やかなオレンジ色に自己主張していました。こんな時季も良いかも知れません。

箱根001


箱根002キキョウ
キキョウと蕾

箱根003カセンソウ
カセンソウ

箱根004ミソハギ
ミソハギ

箱根005コオニユリ
コオニユリ

箱根006トラノオ
トラノオ

箱根007ハエトリグサ
ハエトリグサ(食虫植物の特別展示場で)

充電式日録 9 July, 2017 写真展準備中 パンソリへ  

7/9(日)パンソリ 水宮歌を聴きに神保町チェッコリへ、時間待ちしていたら満員でした。安聖民氏の素晴らしい声と歌、ユーモア溢れる大阪弁を楽しみました。18Cに確立したものだそうで、もともとあった民話に両班が中国の古典などの話を加えていって成り立ったという、(少しかじっただけなので当てになりませんが)民話的なところと古典的なところが「木に竹を接ぐ」ような話が演者によって自然につながっていくのが面白い。語りと歌で展開していくので、日本だったら(イメージが全然異なりますが)浪花節なのか?イメージとしては紙芝居屋の話術に似ていると思ったのですが?


時間待ち


アンソンミン氏(演じる前です)


かなり早めに準備していてよかったと思いました・・・歴史的な事実の説明をどうするかと?混乱すればするほど点数が増えてにっちもさっちも行かなくなっていました。だんだんと欲深爺になるところでした。??さっきからヒグラシが鳴いている、間違えて土中から出てきたのでしょう。


武蔵国分寺
昨年の写真展<東京36景>に続いて、今年は8/1(火)~8/21(月)の3週間おなじみのジュンク堂池袋3F文芸書売場で写真展<きょうのむかしとむかしのきょう>(韓国近代史を訪ねて)を開催します。まだ1ヶ月以上先なのですが、いかんせん手仕事で仕上げていくので少し早めからこつこつと作業を始めています。内容は、本blog<きょうのむかしとむかしのきょう>をまとめ・編集したものです。韓国6都市を巡る撮影行は、わたしにとっては父母の朝鮮時代(駐屯軍として、そして撤退軍としての)を噛みしめる作業でもあります。池袋近くにお越しの節はぜひお立ち寄りください。


案内状です。全州市外バスターミナル。


選択をほぼ終え、といってもあと5点ぐらい減らしたいのですがつらいところ。プリントした一枚々々をウッドラックパネルに貼って、周囲をカットしているところです、手内職ですね。さりげなく、友人谷古宇正彦くんの写真展「劇場の宇宙」(8/20~8/30、福島テルサ4階ギャラリー)(昨年11月に上田サントミューゼで開催した写真展をベースにしたものです)のチラシものぞかせました。こちらも、よろしく!

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